20年近く前、初恋の話をしようと思う。記憶は薄れても、声は覚えている。名前を漢字で書けないけれど、誕生日だけは忘れずにいるあの子のこと。

中学卒業までの姿しか知らないから、未練なんか残るはずもない。私だけがすっかり成長したみたいな気持ちで、記憶の中の彼はぶかぶかのブレザー姿だ。いつか私に娘ができたら、あんな子に初恋をするのだろうか。彼は、誰もが好きになってしまう太陽みたいな子だった。

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小学3年生の冬、家庭環境に大きな変化があった。長く学校を休んでいる理由を担任からクラスメイトに知らせたようで、最後の1か月は居心地が悪かった。

北側の校舎とはいえ採光は悪くなかったはずだ。それなのに、記憶の中、3年1組の教室はいつもどんより薄暗くて、小学生らしい無邪気な悪意を思い出す。この頃、毎日何を思い、どんな顔で過ごしていたのか、何も覚えていない。

季節は巡り、春。始業式。クラス替えにはやる気持ちを抑えて、学校へ足を走らせた。校門のクラス表を見て4年1組の教室に向かえば、窓際の後ろに私の席を見つけた。

新しい教室は南棟の3階に位置していて、冬が春になったでは済まされないほど心地がいい。満開の桜を横目に、「もう高学年なんだから」と語る担任のトゲトゲした声に耳を傾けていると、前の席でキラキラ揺れていた茶髪がこちらを向く。

「あなた、名前なんていうの?」

これが太陽との出会いだった。彼は学年中の女子が1度は好きになってしまうようなクラスの人気者。優しくてかっこよくておもしろくて、男子ばかりの給食班に馴染めるか不安だったのに、彼のおかげで毎日お腹が痛くなるほど笑って過ごすことができた。彼を好きになるのに、時間も理由もいらなかった。

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それから卒業までの3年、クラスが離れても交流は続き、あちこち寄り道しながらも彼を好きでいた。しかし、中学では話す機会も減り、思春期の恥ずかしさを乗り越えられず関係は終わる。友人に巻き込まれる形でダブルデートにこぎつけたこともあったが、携帯電話を持っていなかった私はコミュニケーションのハードルが高く、これで最後と意を決してかけた最後の電話には彼の友人が応じた。

あっけなくて、顔から火が出そうな彼との最後。こんなことなら、ずっと友達でいたらよかった。

人生初の失恋、3年近く好きだった人との関係が終わり、中学生だった私はたいそう傷ついただろう。しかし、幼さを愛おしく思えるようになった今、彼には感謝しているのだ。

薄暗い教室で、日々の記憶を脳が拒否したような重たい日々を過ごしていた。凍えるような厳しい冬を乗り越えた先に、太陽が待ってくれていて本当によかった。出席番号が前後だっただけの偶然でも、笑顔をくれる存在が春に待ってくれていたこと、毎日笑って過ごせたことは、ずっとずっと私の生きる意味だった。

中学卒業以来姿を見かけることもなく、現在は2児の父だと風の噂で聞いた。それでも私の中の彼はいつまでもあの頃のまま。私だけが成長したような気持ちで、誰よりも優しかった小学生に、ありがとうねと伝えたい。