週末の夕方、彼と手を繋いで歩くひととき
これは約1年前、初めての緊急事態宣言下の話。
私の家から徒歩5分の距離に住んでいる彼は、いつも自分で夕飯を用意する。実家暮らしなのにも関わらず、だ。
料理の出来る彼は面倒くさがりで、自炊はたまにしかしない。平日は働いているスーパーのお惣菜、休日はコンビニ弁当。それが彼のルーティン。
私は週末、夕方になると、母に「散歩してくる」と言って家を出る。彼は近くの坂道の下で待っている。名前を呼ぶと、彼の出目金のような大きな瞳が私を見つめる。マスクをしているから余計に目のでかさが目立つ。
涙袋分けてくれないかな。小さな目の私はいつもそう思う。
当たり前のように手を繋いで、どうでもいい会話をする。何もできない今だから、話す事といえば今日の感染者数と彼の仕事の話くらい。社会人になってから口が達者になったよね。同期のこと、残業のこと、クレームが来たこと。でも、愚痴は言うけど悪口は絶対言わないの。私は愚痴を聞きながら、会ったこともない彼の上司の悪口を言ってしまってるけど。
いい匂い。それは彼と同じ、シャンプーの香り
田んぼ道を抜けると車道に出る。目の前にはコンビニ。ここ最近の目的地。
真っ先に向かうのはお総菜コーナー、ではなく……入口にあるプリペイドカード。ゲームが大好きな彼。社会人になってからお財布のひもが緩くなったなあ。学生の私はお菓子しか買わないよ。カード1万円分も買うの? 諭吉様とお別れだね。
感染対策のビニールシートを初めて見たのはお互いここのコンビニ。いつもより少し大きな声でレジ横の揚げ物の名前を伝える。私はその横で適当にチラシを見る。
1円ある?
あるよ。
彼が商品を受け取り、コンビニを出る。袋を持った反対の手で、再び手を繋ぐ。
惣菜の匂いと、彼から香るシャンプーの匂いが私の鼻の中で渦巻く。
いい匂いする。
俺も。
きっと彼はシャンプーの匂いのことだなんて気づいていない。同じシャンプーを使ったら、彼と同じ匂いになるかな。キモいよね、こんな自分。でもいいの。彼も私のこと、いい匂いって言ってくれるから。このままで。
もっと一緒に居られるはずだった。遠い未来になってしまった約束
徒歩15分程度のコンビニ。もっと長く一緒に居たいから、私はわざとゆっくり歩く。
あーあ、一緒にライブ行こうねって話してたのに。映画も、ご飯も、旅行も、全部遠い未来の話になってしまった。もっと一緒に居られるはずだったのに。
二人でいる時間はいつもあっという間。あの時こうしていたら、あそこで立ち止まっていたら、もう少し二人でお話できた?
あ、猫だ。彼が立ち止まる。猫に目線を合わせる彼。ナイス、にゃんこ。
でも野良猫はすぐに逃げる。彼が頭を撫でようとしたら、どこかへ行ってしまった。もう、家が近づいてきてるじゃんか。
バイバイしたくない。ねえ、コンビニはもうとっくに見えなくなっちゃったよ。彼の姿も、もうすぐで消えてしまう。
来週も行くよね?
多分ね。
それは行かない人のセリフだよ。なんてね。彼の多分はYESと同じだから。
私は手を離す。惣菜と彼の匂いが消える。
坂を上る私と、坂から遠ざかる彼。
それじゃあまた来週ね。あなたとコンビニ。