好きじゃなかったといえば嘘になるし、好きだったといっても嘘になるような、私の君に対する気持ちっていうのは、どっちつかずで意思のないものだったと思う。

君には恋人がいて、私にも恋人がいた。私たちは「セフレ」だった

私が「仕事、辞めちゃおうかな」と言うと、君は「せやなぁ、俺も」と言った。君の話す関西弁は柔らかい。そんなところが気に入っていた。

私たちの関係を平たく叩いて一般化して話すと、セフレというやつだろう。私はそれでいいと思ってたし、きっと君もそう思っていたと思う。

私が「どっか、とおーくに行きたい、誰も知ってる人がいないとこ!」と言うと、「それええなぁ、いつ行こか?」とタバコを吸いながら答える君はいつも楽しい返事をする。行くわけないのに、行くわけないから、楽だった。

「じゃあね、離島がいいかな~」。私たちの会話は、言葉を空中にポンとおいて、どちらも取らず、浮いて昇華されていくのをお互いただ眺めているような、心には一つも残らないものだった。私は単純に、君の心地よい関西弁を聞くのが好きだった。

本来なら、タバコを吸う人は苦手なのだが君は恋人じゃないし、恋人になるであろう人でもなかったから、私は君にタバコを吸わないでと言うことももちろんなかった。

君には、恋人がいた。そして私にも、恋人がいた。だからといって、駆け落ちしようとか、そんな本気なものではもちろんなかったし、恋人でないゆえに特殊な性行為をするわけでもなく、ただぬるくお互いの毎日にないものを補い合って、そんな関係を気に入ってた。

気づけば27歳。周りも結婚し、いろいろ語り合える友人がいない

27歳。気づけば母が私を産んだ年齢になっていた。恋愛、結婚、仕事、家族、出産。向き合わなければいけないことがたくさんある人生の曲がり角。

いつの間にか恋人にすら本音を話せなくなっていた。周りも皆結婚し、日頃の愚痴や将来の不安を語り合えるような友人もいなかった。

そんな時出会った君は、私の共犯者だった。君といると、自分を正しくまともな人間のように見せることもなかった。期待もしないし、されないから、最低で、中途半端で、面倒くさがりな、素の自分でいられた。

どこにでもある、だけど誰かに話すことはない、この関係が居心地が良かった。私たちは赤の他人で、仮にどちらかが死んでも誰も知らせてくれない。だというのに、私は君の言葉を拠り所にすることもあった。

「別に無理せんでええんちゃう」。仕事も恋愛もうまくいかない状況、将来が見えずただ送る毎日に嫌気がさしていたのに、いつもの無責任な君の言葉ですっと心が軽くなった。

そしてしばらくして私は、恋人と別れた。浮気はバレていなかった。無理せんでいっか、そう思えたから別れを告げた。

「彼氏と別れた。私、周りと比べてただ焦ってただけみたい」。
「そっか、気づけただけよかったやん」と君は言った。
「なにそれ、最初から知ってたみたいな言い方」。
「深いやろ?笑」。
「不快です」。
私たちはいつものようにテキトーな会話をして、笑っていた。

誰かと生きたくても不器用な私は、誤って本当の相手を逃す可能性もある

焦りがなくなった私は、最低な自分でいる時間が増えた。君以外にも、色んな男性と遊ぶようになった。27歳にもなってこんな遊びしてて恥ずかしいと言われるんだろうな、自覚はあったから誰にも言わなかった、今回は、君にも。

しばらく会わないうちにいつの間にか、君も彼女と別れていた。「結婚しないなら別れるって、言われてん。じゃあ結婚しようって言える勇気、なかった。好きやってんけど、俺が逃げた」そう聞いた時、初めて君という人間に縁どりがついて具体的に捉えられた気がした。

そんなに好きな彼女がいて、じゃあ、何故とも思ったが、大切がゆえに君が彼女から逃げてしまった気持ちもよくわかった。

私たちは自分自身の1人の人生を託され自分の人生を生きるんだけど、誰かと生きて行きたくて、でも不器用な私たちは、その誰かを「適齢期」「世間体」てやつに邪魔されて、見誤って本当の相手を逃すことすらある。君にとって、彼女は本当の相手かもしれなかった。

私は返す言葉がなく、「そっか……気づけただけよかったじゃん」と、いつものように言葉を空中に投げた。