ただ今産休中。穏やかに過ごす毎日に満足
明日は何を着て、何をして、何を食べようか?
夕方洗濯物を畳みながらそんなことを考える。
私は今産休中で、毎日これといった予定はない。買い物や掃除、週に1度の妊婦検診くらいである。あっという間に出産予定日まで1か月をきっているところだ。
1日はゆっくり過ぎてゆくのに、思い返してみるとあっという間である。コロナ禍という事もあり家で過ごす時間がとても多くなっている。外へ出かけることも少なく、世の中はなんとなく閉塞感があり、学生などイベントが減ってしまっていたり、社会の在り方が以前までとは変化していったり、気が滅入るようなニュースも多い。
だが、毎日したい事をして、欲しい情報を探して癒されたり、期間限定のスイーツを楽しみにしたりしているだけで幸せを感じられる。
もし仮にコロナ禍でなかったら?産休中でなかったら?と妄想すると、旅行に行きたいなどとやりたいことがたくさん出てくる。
だが、意外と今の生活も楽しめている自分がいて悪い事ばかりではないなと思う。むしろお腹に赤ちゃんがいるこの時期に日々穏やかにのんびり過ごせているのでとても恵まれていて幸せだと思える。
なんとなく過ごしてしまう罪悪感は、TO DOリストで解消
私は夫と夫の両親と祖母の5人家族である。
夫は朝から夜まで外で仕事、義父は定年退職後フルタイムのパートで働いており、休日はほとんどテニスかボウリングに出掛ける。
義母・義祖母は習い事や体操などコミュニティが多いが、今は新型コロナの影響でそれがお休みになってしまっている。その為、日中は私と義母、祖母の3人で過ごすことが多い。
朝食・昼食は各自で済ませるのが我が家のルールで、夕食は主婦3人で当番制になっている。家事も分担されていて、放任主義の義母達のおかげで自由な時間が多い。
朝はラジオ体操と顔のストレッチから始まり、日中は赤ちゃん用のおもちゃやおむつポーチ、スタイを縫ってみたり、ベビー用品を見に少し出かけたり、近くの池まで散歩したり、家で映画をみたり、カフェのようなBGMを流しながら本を読んだり、楽しみにしていたスイーツを食べたり、部屋の片づけが突然始まったり、洗濯を盛りだくさんする日もあれば、お菓子を作る日、こういった書き物に没頭している日もある。
私の使っている手帳にTO DOリストが付いていて、事前にこの日にこれをする!と決めておくと少し億劫な用事でもスムーズにこなせて、ついでにこれもあれもとこなせるから嬉しい。その為どんな小さなことでもリストに入れておいて、出来たら印を入れるのも楽しみの1つになっている。
このリストがないと、1日がなんとなく過ぎてしまい自己肯定感が下がるのかすごく罪悪感でいっぱいになる。
2020年の春、初めて新型コロナで緊急事態宣言が出され、パート先の仕事がぐっと減ってしまった。罪悪感ばかり増える日々を過ごしていた。
外で働いていれば社会に貢献出来ている実感があるが、家で過ごしていると何も貢献出来ていないような気になってくるので、その時に初めて自己肯定感を上げることは心の為にとても重要なことだと認識した。
その時の感覚が今でも思い出されることがある。今は手帳のリストに印を入れることが出来たら自分を大げさに褒めるようにしている。おかげで自己肯定感が保たれ、日々ごきげんに過ごせている。
ひとりの時間を各々が楽しめているから、2人の時間が楽しい
私は人といると自然と相手にペースを合わせてしまうようで、自分でも気が付かないうちに疲れてしまうことがある。それに気が付けたのはひとりでの時間を過ごせたおかげだと思っている。手帳にその時の気持ちや状況など記録することで、気持ちが整理されてどんな時に疲れてしまうのかが知れたのだ。
また自分の時間を大切にする夫や夫の家族といる時間が増えて、相手のペースに合わせることが最善ではなく、自分はこうする!をもっと大事にして良いと体感で段々と感じられて気が楽になったとも思う。
結婚をするまでは、あまりひとりの時間を大切にしていなかったと思う。
夫との過ごし方で考えるとライフステージや世間の流れなどで段々変化していると感じる。以前は2人でいることが何より大事と思っていて、相手の時間を奪ってしまっていたと思うことがある。相手に幸せにしてもらおうとしていたのだと思う。
今ひとりの時間を各々が楽しめているからこそ、2人で過ごす時間や家族との時間がより楽しく新鮮に過ごせるのではないかと考える。
世の中を劇的に変える事は出来なくても、手の届く範囲の自分のことなら幸せに出来ると実感出来ている。コロナ禍での妊娠・出産となり、たまに「こんな時じゃなかったら」と声をかけられるが自分はそんなに気にしていない。
きっとイベントが減ってしまった学生も出来る範囲で学生生活を楽しんでいるのだと思うので、人それぞれの時間を楽しんで生きて行ければいいなと思う。