気分や体調によって、どうしても空腹に耐えられないことがある。「お腹が空いてパクパク食べちゃう」くらいなら可愛いものだが、身体中から力が抜け、頭がボーッとする。気を許せる相手といると体質が顕著にあらわれ、それまで上機嫌におしゃべりをしていたのに、口角をあげたり気の利いた相槌を打ったりするのが億劫になり、相手を困らせてしまうのだ。HSPの特徴の1つ、とどこかで読んだような気もするが、そんなことを言い訳にしようとも思わないほど、体と脳が赤ちゃん過ぎないか、と思っている。

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パートナーと同棲していた頃は、この体質をとりわけコンプレックスに感じていた。彼はもともと自炊が得意で、食べたいものを食べたい時に作る派である。もちろんお腹が空くと動けなくなるわけでもないので、空腹→◯◯が食べたい→買い物→調理→食べるを簡単にやってのける。一方私は空腹で調理なんてもってのほか。すぐ口に入れられるものを買いに行く気力がないこともザラにある。ソファに沈み込みおこぼれをもらいながら、「この人はお腹が空いてるのに調理ができてすごいな~、それに比べて私は…」と自己肯定感をしょぼしょぼとすぼめていた。

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さて、ひと月ほど前から1人暮らしを始めた。今1番好きな家事は、作り置きで冷凍庫をパンッパンにすることだ。1人暮らしでは、空腹に喘いでいても誰も助けてくれない。かといって、毎日コンビニに通っていては、これまた自己肯定感がしぼんでいく。

引っ越し作業が一段落したその日から、鍋の具材セットを7つと、米3合分のおにぎりを冷凍庫に備蓄し始めた。未来の私のための調理は新鮮で、冬眠前の熊みたいだなと思いながら手を動かす。

すでに夕食は済ませており、寝る前までキッチンに立ち続けていた母は、こういう家事をやってくれていたんだろうなと思いを馳せる。お気に入りのラジオを聴きながらジップロックにおにぎりを詰めれば、えも言われぬ満足感がむくむくと沸いてくるのだった。

暮らしに慣れないうちはすぐに食べられるものがありがたく、鍋セットは始めの1週間でほとんどなくなった。小腹が空いたタイミングでおにぎりも消費し続け、次の週にはぶんぶんチョッパーを駆使して鍋いっぱいのキーマカレーを作ることに。母がおいていった高級食パンも、そろそろやばそうなバナナを混ぜ込んだパンケーキも、あらゆる食材を冷凍庫に送り込み続けた。在宅勤務中も仕事終わりも、「そろそろお腹が空きそうだな」というタイミングでレンチンできるので、かつて困り果てていた「お腹が空いて動けない」には陥っていない。

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これまで、ちょっとした性質で人と比べ、勝手にコンプレックスを感じてきた。しかし、食事や調理に冠する気持ちの変化を考えると、環境を変えて自分のケアを丁寧にすれば、コンプレックスの根源を抱えたままでも心身ともに健やかな暮らしができると分かった。未だ抱えるコンプレックスは多く、生きるのに向いてないな…と遠くを見つめたくなる夜もある。それでも、自分の足元をサポートすることを怠らなければ、「手のかかる子ほど可愛い」みたいな、そんな自分だからこその充足感を得られることもあるのだ。

今日もお腹が空きそうになれば、パンパンの冷凍庫をひっくり返して食べたいものを探すだろう。レンジに放り込んでスタートボタンを押す時、しぼんでいた自己肯定感が太陽に向かって茎を伸ばすのを感じる。