わたしは自分から告白したことがない。自分から好いて付き合ったこともない。恋愛に興味がないなんてもったいないよと言われても、わたしはわたしが向き合っていることが好きだった。

元カレは幼馴染。幼稚園時代から月1以上は会っていたけれど、大学受験とコロナ禍が重なってぱったり会わなくなった時期もあった。そのあと同窓会の幹事を一緒にすることになって、話し合いと称して何度か会っているうちに告白されて。

恋愛感情があるかはよくわからなかったけれど、居心地が良かったから了承した。恋愛が長続きしないわたしにしては珍しく、1年弱付き合った。

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付き合っていた当時、元カレは就活真っ只中。就活と飲食店のバイトを並行していた。対してわたしは、ふたつのサークルと、ふたつのボランティアと、NPOの事務局員をしていた。就活は何も動き出していなかった。
付き合っている間中、わたしは就活やバイトの話をしてくる元カレに対して劣等感を抱いていた。元カレは就活やバイトの話の中で、「残星は社会経験がないから」「残星が楽しく遊んでいる間に俺はこんなに稼いでいる」「残星はそういうところ甘いよね」…というようなことをよく言った。

言われるたびに曖昧な相槌を繰り返した。そういう発言に触れるたびに、わたしのやっていることは生産性がなく、刹那的に快楽に溺れて騒いでいるだけなのではないかと問われているように感じた。

「残星は挫折したことないから、わからないだろうけど」ともよく言われた。挫折したことがないと言われるたびに、それがコンプレックスになった。

わたしにとって留学先のクラスで一番英語が喋れなかったことも、友人との死別も確かに挫折だった。ほかにも小さな挫折はたくさんあった。確かに挫折をし、絶望し、それでも生きてきた。

わたしの感情は、わたしの見たことや経験したことは、わたしだけのものだ。誰にも否定される筋合いはない。そう思いつつ、側から見て比較的恵まれている人生を歩んでいる自覚もあるから言い返せなかった。

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将来に対する見通しが違うことを理由に別れてから、思い切ってインターンに応募してみた。なかば当てつけに近かった。有償で、時給は元カレのバイトの1.5倍くらい。ダメだろうと思っていたら採用された。

わたしがガムシャラに向き合ってきたことは思っていたより高く評価してもらえたようだった。採用が決まったあとの面談で不安なことはあるか尋ねられ、「社会経験がないのでご迷惑をおかけするかもしれないのですが、都度教えていただけるとありがたいです。できるだけすぐに改善できるようにします」と伝えると、相手は驚いたように「それだけいろいろ経験していれば、充分社会経験を積んでいる」と言ってくれた。

心の中のしこりが無くなったような、目の前が少し明るくなったような感覚があって、面談のあと少し泣いてしまった。

今のわたしは、元カレのことが嫌いだ。何のつもりで言っていたのかは知らないけれど、ずっと見下すようなことを言ってわたしのことを縛ってきたから。付き合っていた当時のわたしのことも嫌いだ。はじめに違和感を覚えたときにさっさと離れなかったし、見下されても言い返さなかったから。
今わたしは何も気にせずに会いたい人と会えているし、やりたいことをやっていてそれが楽しい。楽しさもつらさもその人の尺度でしか測れなくて、そのことは大部分の人がわかっている(そう信じたいだけかもしれないけれど)。

ただ、人間は身近な人に、その人の言葉に、簡単に縛られてしまう。この身をもってそれを学べたのだから、良い恋だったと思いたい。