妊娠して一人抱え込む女性からの相談は全国に

――一般社団法人全国妊娠SOSネットワークでつながっている各地域の「にんしんSOS窓口」には、日々どのような相談が寄せられていると聞いていますか。

佐藤:
私の前の職場である総合周産期母子医療センターでは、大阪府からの委託を受けて、「にんしんSOS」を立ち上げました。これが先駆けになって、女性が生きる道として困難だと感じる妊娠への対応をサポートするには地元の支援が必要だということで、全国で支援するネットワークが2015年に始まりました。

中高生や大学生からの相談では、複雑な背景を抱えていて、親にはバレたくない、妊娠検査薬を買えない、妊娠したことを彼氏に伝えたら連絡がとれなくなった、といった相談が全国で寄せられています。

佐藤拓代さん
佐藤拓代さん

――シオリーヌさんは、YouTubeの動画が10代前半から20代前半の若い世代に支持されています。こうした活動を始められた経緯を教えてください。

シオリーヌ:
助産師として産婦人科の病棟で勤務している中で、多くの女性たちとお話をして、妊娠や出産を経験してみて初めて「あ、知識が足りなかったんだな」と実感される方がすごく多いということを知りました。情報を必要としている世代、若い世代に役立てられればと思ってチャンネルでの配信を始めました。

――予期せぬ妊娠をしたとき、病院に行けず、親にも話せず一人で抱え込んでしまう女性たちがいて、ときに殺人や遺棄に及ぶこともあります。どうして女性が妊娠をした結果産むしかない、産んであげたいけれども育てられないという状況に至るのでしょうか?

佐藤:
相談窓口のスーパーバイザーをしていたのですが、産む・産まない、中絶できる・中絶できないが紙一重で、中絶がかなり身近なものである意識もあるように感じます。たまたま中絶の時期を逃してしまったのだから、赤ちゃんが産まれてきても同じように「無かったこと」にするんだ、という意識もあるんじゃないかなと感じるんです。こういうことで赤ちゃんが産まれてくると思わなかった、産まれてしまったら思いがけず大きい声で泣かれたので、赤ちゃんの口を塞いだら窒息死してしまった、ということがあります。

シオリーヌ:
本当に悲しいことに、新生児遺棄の事件を耳にすることが少なくありません。赤ちゃんを一人で産むというのもすごく高いリスクのある行為ですし、一人で出産を終え、しかもその赤ちゃんの命を奪うという選択肢しかなくなってしまっている。そこで他に選択肢が見えるような状況を、社会できちんと伝えていかなくてはならないというのは、日頃の活動の中でも思っているところです。

シオリーヌさん
シオリーヌさん

正しい性の知識が足りていない

――シオリーヌさんは学校などでも性教育の啓発活動をされていますが、どんな課題を感じていますか。

シオリーヌ:
やっぱり、十分な知識がなかなか届いていない現状があると思います。性教育が不足しているということで言えば、妊娠や生理の仕組みなどの基礎的なこと、具体的な避妊の方法、緊急避妊の方法などの情報も不足しています。それから予期しない妊娠を経験したときに取り得る選択肢、例えば人工妊娠中絶に関しても、様々な相談窓口があるということも含めてあらゆる選択肢についても、そもそも知識が伝えられていないというのは、性に関する領域では本当に広く課題としているところですよね。本来であれば自分の持っている選択肢について、きちんと知識を持った上で、自分の納得できるライフプランを自分たちで選ぶことが大切です。でも、なかなかそれが実現できない現状があります。

佐藤:
そもそも「命の大切さ」については学校で教えるけれど、どういう行為で赤ちゃんが生まれるのか行為そのものについては言及しないという、学習指導要領の中での歯止め規定がありますよね。だから若い人たちはネットから自分に都合のいい情報を探してくるんです。インターネットで検索したらこう書いてあったからこれで妊娠しませんか、妊娠する確率は何パーセントですか、と。確率の問題ではないですよね。そもそもどういう行為で子どもができるのか、避妊はどうするのか、自分で育てるときにはどんな制度があって、もし育てられないときにはどうしたらいいのか。そういう総合的な知識が足りていないと思うんです。

シオリーヌ:
若い世代の知識不足が原因というよりは、その若い世代の人々が過ごす場所での教育不足が課題だと思うんです。責任は若者にある訳ではなくて、若者が育つ環境を作っている大人たちが責任を感じなければいけない。子どもたちが日常を過ごしている環境の中で、当たり前に必要な情報にアクセスができるような環境を少しでも作れないだろうかと思ったときに、やはりYouTubeはいますごく身近なツールなんです。

佐藤:
シオリーヌさんの動画は正確な知識に基づいていて、本当におすすめのサイトです。でも「こんなことで妊娠するはずがない」と思いたい人たちは、「膣外射精なら妊娠しないとネットに書いてあった」とか、検索してそういう情報にたどり着いて真に受けてしまう。ネット情報が玉石混交であるのは間違いないんです。

シオリーヌ:
そういうすがりつきたくなるような情報や、キャッチーな情報のほうが見つけやすかったり、若い年代が取っ付きやすいようなページ作りをしているメディアも多かったりするんですよね。医療者側も若い世代に届きやすい情報発信を努力しないといけない時代だなと、私自身もすごく感じています。

社会の力で子どもを育てる世の中に

――妊娠・出産から子育てまで安心して進められるような社会をつくるためには、他に何が必要とされているのでしょうか。

佐藤:
「いろんな形態の家族が子どもを持っていい」という雰囲気が、いまは出来ていないですよね。結婚して生活がしっかりして、それから妊娠・出産していい、っていう感じがある。いまのように先行き不安な時代になると結婚という選択肢を取らないし、コンドームで確実に避妊できるわけでもないのに、それで妊娠したら「自己責任だ」とものすごく厳しい目で見られてしまう。コンドームで確実に避妊できると思っている大人もいますが、完全な避妊法はない、予期しない妊娠はありえる話なんだという認識を世の中の大人も持っていただきたいなと思います。そして、性の欲求でセックスしてしまうこともあり得る。「寝た子を起こすな」ではなく、そうなったときにどうしたらいいかを、学校教育をはじめ色々なところで教える必要があります。

シオリーヌ:
学校で当たり前に必要な情報が届けられ、自分たちが取る行動がどういう結果に結びつくのかを知った上で、自分が納得できる選択を一人ひとりが取っていける社会にしたいというのが一番です。SRHR(Sexual Reproductive Health and Rights:性と生殖に関する健康と権利)という言葉がありますけど、性と生殖に関する自分のことは自分で決める権利が一人ひとりにあるときちんと伝え、パートナーシップを結ぶときには相手の権利を尊重する責任が芽生えるんだということも早くから伝えていく必要があると思います。そういった知識を持った上でも、予期しない妊娠が起こることは可能性としてゼロではないので、そのときに支えられる社会を作ることもすごく大切なことですよね。

佐藤さんもおっしゃっていたように、いまは産むことのハードルが高く感じる方もいると思います。予期しない妊娠だったとしても、無事に産めたらいろんな福祉の力を借りながら子どもを健やかに育てていけるよ、と。そういう土壌がある世の中にしていけたら、選択肢も変わってくると思います。

第一に、きちんと情報を届けて自分でライフプランを立てていけるような教育をすること。そして、意図しない妊娠が起きたとしても、社会の力で子どもを育てていける福祉を充実させること。そう望んでいます。

佐藤:
妊娠・出産に関しては、お金がないからと言って妊娠・出産しない人たちもいますからね。

育てる母もいれば、産む母もいる

――にんしんSOSのネットワークでは、妊娠したけれども育てられないという場合に、どのような選択肢を伝えるのでしょうか。

佐藤:
にんしんSOSの相談で、「やっぱり育てられない」という相談は結構あるんですね。中絶できない時期になってからの相談で。その場合、子どもにとっては乳児のころから一定の大人から関心を向けてもらうことが必要なんだということを伝えて、特別養子縁組の制度を選択肢の一つとして紹介しています。最近立ち上がったにんしんSOS窓口では、半年ほどで3、4件の縁組があったとも聞いています。

特別養子縁組は、児童相談所が行うものと民間のあっせん事業者が行うものがありますが、民間養子縁組に関する法律ができてからは紹介しやすくなりました。児童相談所は地域の養親さんの中からマッチングしますが、「街の中で会うかもしれないのは絶対嫌」という実親の女性もいます。それほどの背景を抱えた妊娠だということもあるんです。

シオリーヌ:
私自身、大学生のときに児童相談所の一時保護所でアルバイトをしていたんです。そこで出会う子どもたちや、集団生活を送っている様子を見ると、やっぱりこの子たちに家庭があるということはすごく重要なことなのだろうと肌で感じていました。子どもの福祉を守る上で欠かせない制度でしょうし、もっと多くの方にその存在を知ってもらったり、養親になる大人が増えたりすることで、子どもたちが健やかに育つことができる家庭がもっと増えていくことも大切だなと感じています。

あとは学校で性教育の話をするときにも、意図しない妊娠を経験したというときに取り得る選択肢の一つとして、特別養子縁組について伝えることがあります。その選択肢を少しでも耳に挟んだことがあるかどうかは、新生児遺棄のような事件が起きるか起きないかにすごく影響を与えてくるものだと思いますので。子育てとは、社会にいる大人みんなですることです。多くの大人がそういった選択肢の存在を知っていれば、それを必要とする子どもたちに出会ったときに、情報を提供できることにもなります。

佐藤:
何よりも、特別養子縁組を選択したら、ちゃんと医療機関等で分娩できるわけですよね。人知れず自分だけで出産するというのは、とにかく母も子も危ないですから、それをなくす。その選択肢の一つとして、特別養子縁組なら、医療のケアの下でちゃんと生むことができるから、という伝え方をしたこともあります。

シオリーヌ:
私も産婦人科でお産を介助していた経験がありますが、一人で産むって想像できないくらい恐ろしいこと。出血多量になるかもしれないし、赤ちゃんだってどうなるか分からない。医療がない状況で、一人でお産をするというのは、信じられないぐらいの不安と恐怖がある。医療の下で産めるのはすごく大事なことだと思います。

佐藤:
養子縁組を決意する人には、「育てる母親もあるけれど、産む母親もあるんだよ」「産んだあなたは素晴らしいことをしたんだよ」というメッセージも各地の相談窓口で必ず伝えるようにしています。それでも、女性はぎりぎりまで養子縁組に託すかどうか、心が揺れ動きます。赤ちゃんの顔を見たら、やっぱり育てたくなったと思う人もいるんですね。

付け加えると、医療現場の中で、「お腹を痛めて産んだ子は大事にしなければいけない」とか「ここまで頑張って産んだんだから育てなさい」とか、特別養子縁組をすることに対して対応があまり良くないような医療機関もあるとも聞きます。医療機関自身もすごく悩んでいる。そうした医療機関に対してもメッセージを送る必要があると思います。

シオリーヌ:
医療者の価値観も、まだまだ様々ですよね。

心と体のあり方、決めるのは自分

――最後に、記事を読んでいる女性に向けてのメッセージをお願いします。

佐藤:
私は、女性自身が女性の体をよく知ってほしいなと思うんです。私は過激な産婦人科医をしていましたから(笑)、「会陰部見たことあるかい?」って話なんかもして。それで体調が分かるところもあったりしますし、やっぱり自分の体を知ろうよと伝えたいです。自分の心と体の声を忠実に聞きながら、いろんな選択肢を考えて、どんな人生を送るかを考えていく。子どもを持たない選択肢ももちろんあるし、一方で妊娠出産育児は、あらゆる条件が揃ってからするものではないかもしれない。だから狭く捉えないでほしいんです。そんな選択肢もあるんだと知ってもらって、生きていただきたいですね。

シオリーヌ:
私がお伝えしたいのは、皆さんの体や心や人生は、その人自身のものだということ。自分の人生や体のことを決める権利は本人にしかない、ということをお伝えしたいです。妊娠出産に「自己責任」という声が世間から向けられたり、「女性はこうあるべき」「母親はこうあるべき」といった押し付けがまだまだあったりする世の中です。でも自分の幸せ、自分の人生は自分で決めていいもののはず。そのためにさまざまな機関にサポートを求める権利は、誰にでも当たり前にあるものだと思うんですよね。

自分の幸せのために行動を起こす権利が皆さんにはあるので、「助けて」と声を上げることや福祉を頼ることに引け目を感じないでいただきたい。自分の力だけではどうにもならないというとき、門を開けて待っている専門家はたくさんいます。ぜひ、そういったところを頼るという選択肢も持っていただきたいです。

佐藤 拓代(さとう・たくよ)

1951年、岩手県生まれ。78年、東北大学医学部卒業。医師、一般社団法人全国妊娠SOSネットワーク代表理事。小児科、産婦人科の臨床医、大阪府保健所長、大阪母子医療センター母子保健情報センター長を経て、公益社団法人「母子保健推進会議」会長。2015年より現職。著書に『見えない妊娠クライシス』(かもがわ出版)など。

シオリーヌ

1991年、神奈川県生まれ。本名は大貫詩織(おおぬき・しおり)。性教育ユーチューバー。総合病院産婦人科病棟で助産師として勤務したのち、2017年から性教育に関する発信活動をはじめ、19年2月からYouTubeで動画投稿を開始。チャンネル登録者数は16.6万人(22年1月現在)。学校での性教育に関する講演や、性の知識を学べるイベントの講師を務める。