自己肯定感を高めようと思った時に、まず手っ取り早いのは「すごいね」「かわいいね」と人から褒めてもらうことだろう。
でも人からのインスタントな誉め言葉は腹にたまらないし一時の満足感で終わってしまう。ではずっと自己肯定感を高めているにはどうしたらいいのか?

ずっと誰かに肯定し続けてもらえばいい。

頭いい。その通りだ。効果が短いなら常に効果を発しておいてもらえばいい。まさにこれが私が陥った罠だった。

分かりやすい優劣がみえる部活動

私は私立女子中高一貫校の演劇系の部活に入っていた。みんな仲が良かったし、5年間きっちり楽しんだ。
それでも、オーディション、そして歌やダンス、演技の出来不出来と言うわかりやすい優劣が目の前に常に横たわっている5年間で、もめ事が起こらないはずもなかった。

中学3年生の時、主役に選ばれた。おバカな私は手放しで喜んだ。自分は歌が上手いという勘違いのおまけつきで。自分なりに気を遣っていたつもりではあったけれど、同期とも先輩ともあまりうまくいっている感覚がなかった。

「なんであなたなの?」「〇〇先輩の方が上手いのに」
途中からそんな空気を感じ始めて、上手くいかなくなった。毎晩毎晩、悪夢で目が覚めるようになった。
私の緊張や、演出だったり選曲だったりが噛み合わなかったのもあって、同期全員で「あの公演は黒歴史だった」という共通認識が生まれた。私の努力は、あっさりと「黒歴史」という言葉で蓋をされたのだった。

その後、主役級の役になることはなかった。最後の公演も結局端役だったが、誰が言ったのかも忘れたがこんな言葉が聞こえてきた。
「主役はほくちゃんがやったらいいのに」
何を勝手な、と思った。でも同時に胸の中に暗い喜びが生まれたのも感じた。
ここで喜んだら負けだとわかっていたけれど、精神状態がズタボロだった私はそこにすがってしまったのである。

こうして私は人からの評価を自己肯定感の糧にするようになった。主役になるのための努力のような「自分で自己肯定感を得られる結果を作り出す」という過程を全部ふいにしてしまったのだ。

他人からの評価を糧にしてしまって

大学に入ってから、ずっと評価を気にしながら生きていた。頼まれたことは割と文句を言わずに何でもやっていた。断って嫌われて評価を下げられるのが嫌だった。

そうやって嫌われないようにと周りの目を意識する生き方は、評価につながるわけがなかった。私は「便利な奴」「他の女子がやってくれないことでもやってくれる人」という扱いを手に入れただけだった。

あげくの果てには、「〇〇さんが、色目使ってくるよねーって言ってた」と告げられた。瞬間、顔中が熱を持ったのを感じた。
一回も色目なんて使ったつもりもなかったし、好きだと思ったことすらなかった。何なら苦手意識を持っていた先輩だからこそ、嫌われないようにニコニコしていただけだったのに。笑いながら自慢げに他の人たちに話し、挙句の果てにそれを面白いと思っているのが見て取れて、本気で吐き気がした。

残念ながら自分で上げるしかない

私を肯定してくれる人はいないのかな。私を「ほんとうに」受け入れてくれる場所ってあるのかな。なんて思いながら生きてきたら、いっぱい痛い目を見た。
私が肯定できない、私が受け入れられない「私」を、都合よく誰かが愛してくれることなんてあるはずないのに。

いっぱい痛い目を見て心身ともにズタボロだった私は、「留学してみない?」という教授からの一言をきっかけに、「もういっか!人間関係1回ぜんぶ棄てて精神休めるわ!Bye!」というくらいのノリで、ジュネーヴへと飛び立った。そこで出会った人たちは、今までの私の生き方と全く異なる価値観を持った人たちばかりだった。
「どういう人間になるかは20歳までに決めていた」という人もいた。みんな議論好きだった。議論を重ねることによって、今まで存在しないと思っていた「自分の考え」「自分の意志」というものが出来上がっていくことを知った。

そうして得た「自分の意志」は大地を踏みしめる私の2本足を、力強くした。そして「自分の意志/考え」に自信を持てたことが、私の自己肯定感・自己評価を大きく上げた。

自己肯定感は自分にしか上げられない。
一時的に人に上げてもらうことは可能だが、底上げになんてならない。

自己肯定感を底上げするのは、自分の芯を作り出すような長い長い思考時間と、自分が自分のためにした努力が生み出した成果だけだと私は思う。

だから自己肯定感の醸成ってすごく時間がかかるけれど、自分が一番自分のことを大事にしてあげられれば、日常を過ごしているだけで簡単に上がっていくものなのだ。

「私」として生きるのは難しく思えるかもしれないけれど、変えるのは自分のことだけだ。周りを変える必要は全くない。

それでもどうしても他者の目を気にする自分から逃れられないなら、環境を変えてしまえばいい。意外と簡単だ。この先の人生ずっとすり減って生きるよりは簡単なことなんじゃないかな。私は環境を変えたら前よりもずっと過ごしやすくなったから。