フェミニズムという言葉が大学に入るまでなんとなくだけどとっても苦手だった。
なにもかも「女性の権利ガー」「女性差別ダー」と難癖をつける。視野が狭いイタイ女。それがフェミニストだと思っていた。いつかTwitterで見かけた文章、「男女という言葉は不平等だから女男と順番を変えるべき」という言葉が私の中でフェミニズム、フェミニストの象徴だったから。今考えるとそのアカウントがどんなアカウントだったかなども見た覚えはないから、もしかしたらフェミニストをただ単に揶揄し批判したツイートだったのかもしれない。ただ、高校生の私には衝撃だったのは事実だけど。
第一志望に落ち「フェミニスト養成大学」へ
第一志望の大学に落ち、進学を決めた津田塾大学は受けた中で唯一の女子大だった。滑り止めとしか思っておらず大学に足を運んだのも試験の時だけ。入学を決めてからとりあえずネットで調べると「フェミニスト養成大学」と揶揄されていた。
フェミニスト養成大学、かぁ…。
極端な人が多いのは嫌だなぁ、でも私も津田塾で学んだらそうなってしまうのかもしれない。いつか私も「男女という言葉は不平等だから女男と順番を変えるべき」なんていうようになっちゃったりして…そんなの最悪だ。バカみたいだけれど割と本気で不安に思ったのももう2年前か、私も視野が狭かったもんだ。
フェミニズムの広さ
大学に入学して、ひとまず自分が思うフェミニズムを振りかざす子がいなかったことにホッとした。確かに、津田塾はジェンダー系の学問に強くて、授業でフェミニズムについて考えることも多かったし、ジェンダーについて考えるコミニュティを作る人も多かった。そんな環境を通して、私の中のフェミニスト=過激派、極端な人という偏見にまみれたイメージは大きく変わった。蛍光のどピンクしかピンクとして認められないと思ってたら薄いサクラ色もピンクとして認められる、みたいな。自分が考えている以上にフェミニズムとフェミニストの範囲は広かった。
Autonomy(自己決定権)という何者にも侵害されず、自分の人生に関する選択をする権利=自分自身の自治を認める権利を表す言葉がある。この言葉もフェミニズムの範囲に被ってくること(女の子なんだから〜という社会的な女性、女子のイメージは自己決定権を侵害する)に気づいた時、私はようやくフェミニズムを理解し、肯定できた。自分の中でフェミニズムを「女性がその人らしく生きれるように考える学問」だと捉えられるようになったから。
フェミニズムを通して私はかなり寛容になった
女子大に通い、女性の生き方については同世代の中でも割と多く考えてきたと思う。女性の教授、OG、たくさんの友達。みんな女性としての自分の生き方について考えをきちんと持っていた。将来の理想をとったって考えは様々。バリキャになりたい人、専業主婦になりたい人、子育てと仕事を両立させたい人。でもそれでいいんだ、それがいいんだ。
フェミニズムを通して、私はかなり寛容になったと思う。いろんな考えがあるからこそ、楽しいし刺激をもらえる。考え方とか、性的嗜好とかが自分と違うことに噛み付くのってめちゃくちゃ無駄じゃない??もちろん、他人の考えで自分の生活が制限されるんだったらそれは噛み付いていいと思う。だけど、そうじゃないんだったらその違いに寄り添って良いところ、自分が共感できる部分を抽出して吸収した方がよっぽどハッピーだと思うんだ。たくさんの人のアイデアで、自分をアップデートしていくと考えたら、とってもワクワクしない?
これからもっともっとたくさんの人に会って、自分をどんどんアップデートしていきたい。津田塾を卒業して、社会に出ても、たくさんの人の考えに良いね!素敵だね!と良いところを見つけて共感できる優しい女性でありたいという思いは忘れずにいたいなぁ。
ペンネーム:みのり
津田塾大学在学中の20才。就活が差し迫る中、絶賛自分探し中。ペンネームは大好きな宝塚の娘役さんの名前にあやかったもの。マイブームは絵本を読むこと。
Twitter:@LaPetiteRecolte