映画のような夏だった。

哲学を学ぶため、ドイツの大学へ留学をした。
日本人のほとんどいないその町で、偶然出会った日本人女性が、タンデムラーニングの相手となるそのひとを紹介してくれた。母語の違うふたりが、お互いの言語を勉強するためのパートナーとなって会話の練習をしたり、教え合ったりする相手だ。

そのひとの日本語よりも私のドイツ語の方が上手だったので、初めてカフェで待ち合わせた日はほとんどドイツ語で話した。私はドイツの哲学と詩が好きだといい、そのひとは日本のアニメが好きだといった。

私の発音や文法の間違いを根気強く直し、町を案内してくれて、専攻している地理学のことを楽しそうに話す優しいそのひとに私が恋をするまで、長くはかからなかった。

美しくぼんやりとした思い出

エルベ川の地下にあるトンネルを渡りきったところで、そのひとは私に「フロインドシャフト・プリュスにならない?」といった。英語だと「フレンドシップ+α」、ようするに、友人でありながら、肉体的な接触もする関係だ。ドイツではよくある関係性なのか、それすらもわからないまま私は頷き、そのひとは私にキスをした。

それからの日々は、好きだったのにほとんど忘れてしまった映画のように、美しくぼんやりした思い出になっている。ものすごい速さで回る移動遊園地の観覧車に乗ってきゃあきゃあ騒いだこと。暮れない夏至の陽のもと、いつまでも港で船を眺めたこと。砂浜に寝転んで一緒に本を読んだこと。パーティーで飲み過ぎて頭が回っていないはずなのになぜかドイツ語がいつもより流暢になって、「きみはずっとお酒を飲んでいるべきだね」とからかわれたこと。

タンデムパートナーなのに結局いつもドイツ語で話していたから、私は愛情表現のためのドイツ語をたくさん覚えたこと。語彙が足りなくて議論に負けて拗ねて泣いた私の涙をぬぐいながらそのひとが困った顔をしていたこと。私がそのひとの眼の色を美しいといったら、お返しのように、私の眼の色をバルト海の琥珀にたとえてくれたこと。

恋人になってと言ったけど

そのひとは、秋から神戸へ留学することが決まっていた。恋人になってほしい、そもそも「プリュス」って何なのかまだわからない、教えて、と、何度も頼んだ。いつも、出会ってまだ3カ月だから、もっとお互いを知ってからにしたい、と、やんわり断られた。

とうとうそのひとが日本に発つ日、空港でぐしゃぐしゃに泣きながら、もう一度、恋人になろう、といってみた。OKをもらえないことはわかっていた。恋人でなくても、そのひとの大切なひとになりたかった。いいよ、いいよ、これからもいちばんの友だちでいようね、わからないことがあったら頼ってね、行かないで、おねがい。

日本での生活を始めたそのひとから来るたくさんのSOS、たとえば炊飯器の使い方が解らないとか、に、私は夜中だろうとすぐに答えていた。不充分なドイツ語のせいで子ども扱いされがちだったから、頼ってくれるのが嬉しかった。最初の1週間くらいは毎日のようにSOSが来て、そのあと来なくなった。

帰国して知ったこと

神戸にわたってすぐそのひとが日本人の恋人を作ったことを、私は知らされないままだった。私も日本に帰ってきてから、フェイスブックで「○○さんと結婚しました」の投稿を見たとき、そのひとがほんとうは出会ってからの時間を気にしていたわけではなかったことに気付いた。

そのひとがドイツの社会のシステムについて私に説明するときの、わずかに傲慢な態度を思い出した。日本語で会話しているとき、少し話が込み入ってくるとそのひとはすぐに言語を切り替えたことも。議論が弱い、声が高い、背が小さい。そのひとは、私とではなく「琥珀色の眼をした日本人の女の子」とキスをしたかったのだ。

とにかくアジア人と付き合いたがるひとがいる、ということは知っていた。イエロー・フィーバー。ミーハーな女の子が引っかかるものだと思っていた。ミーハーな女の子が引っかかるような暴力性の対象に私がなるなんて、思っていなかった。誠実に愛すれば誠実なリアクションをもらえると信じこんでいた、自分の傲慢さに悲しくなった。そのひとのFacebookとLINEを、しずかにブロックした。

あの3カ月がほんとうは何だったのか、帰国するまで気付かなかったのは、せめてもの救いだと思っている。

ペンネーム:薄荷

北の国と海外文学がすき。
Twitter:@Lolitakillsyou