21歳。人生で恋人が一度もいなかった。このまま誰にも好かれることなく死んでいくのだろうか。そんなことばかり考えていた。
放課後、制服のまま異性とクレープを食べることも手をつなぐことも無いまま、部活に勤しみ、勉強はほどほどだった。覚えたての化粧だとわかる程度に肩書きだけ大学生になった。

バイト先で出会った大学院生

アルバイトを始めたのは小さい頃家族でよく行ったチェーンのイタリアン店。大学1年生の4月のことだった。無事採用された初めての日、バックヤードで一人シフト表を見ていたのが4つ上の大学院生だ。
「食いだおれ太郎に似ているな」と思った彼は地方出身だった。肌が荒れているせいか頬がピンクでたくましい眉毛が太郎とリンクした。彼は無口で、私も異性慣れしておらず、特段話すことがないまま1年が過ぎていった。

1時間の休憩がかぶることはあったが、彼はひたすらケータイゲーム、私はケータイをいじるだけだった。そんなある日、彼が話しかけてきた。「テレビとか何見るの?」。セクシー女優が多数出演しているテレビ番組の名前を挙げたのをきっかけに「好感度上がったわ~」と言った。あまり笑っているところを見たことがないのもあったせいか、なんか可愛いなと思ってしまった。当時の私にとって4つ上というのはかなり大人で、そんな大人の可愛い笑顔を見てしまった、と思った。

サファリパークに行きたい

それ以降、彼は私にちょっかいをかけてくることもふえ、私もどんどん好きになっていくのがわかった。何回かご飯も行った。地方出身だった彼に「どこか行きたいところないですか」を投げかけ動物が好きだからサファリパークに行きたいと目を輝かせて答えた。
「そうなんですね~、行かないんですか?」「一緒に行く人がいないわ」「そうなんですね」
そう答えるのが異性慣れしてない私の喉から出た音だった。なんだかわからないけど私じゃない気がして、その晩には「サファリパーク行きましょ」とラインしていた。

雨男だと話す彼から「明日雨らしいよ」と天気予報のURLが送られてくる。かわいい傘を雑貨店で探している途中で現実味が増してきて、一瞬緊張で行きたくないなと思う。その2秒後にはそれを上回るくらいの高揚で、白地に紺をあしらった傘をレジまで持っていっていた。

車で園内をまわるサファリツアーで、象やヒョウキリンに目をキラキラさせて少年のようにはしゃぐ彼。それはどちらかというと動物が苦手な私でも何度も見ていたい光景になった。どちらかが言う出すのでもなく、もう一回乗った。パークで人気のイルカショーやパンダよりも二人にとってはサファリツアーの方が似合っている気がした。

パークも見終え、無計画だった私たちは地元に戻り、晩御飯には早いし特段することはないと行った理由で一人暮らしの彼の家に行くことになった。宅飲みをしている時、甘えてきた彼が可愛くて、そんな雰囲気になりかけたとき私は「キスしてくれないんですか」と声を発してしまっていた。「いいよ」と言った彼はとても長い長いキスをしてくれた。てっきり「ちゅっ」くらいだと思っていた私の8倍くらいレベルの高いキスでびっくりした。

冷静になって「好きってことじゃない?」

私は顔を背けかけたが「声、可愛い」と彼は発しただけでまた舌を絡ませ続けた。少女漫画で何度も予習した「ちゅっ」と1秒足らずのキスではなかったのだ。最中、脳内から興奮物質がダダ漏れている気がした。しかし興奮物質が体中から0になるくらい時間は、私に理性と恋愛に不慣れな処女の私をも呼び戻した。気づくと衝動的に彼の唇を離し「これって私のこと好きってことじゃないですよね」と発していた。突然の大人な時間と今までの経験値不足、彼と私は恋人ではないこと。今まで進むことのなかった青春のページがめくれる早さに不安、興奮、愛情、現実、過去、色んな感情が押し寄せ、ただ私を「無」の状態にさせたのだ。

さっきまで舌を絡ませていた音がわずかに聞こえた6畳の部屋に音のしない音が響いた後、彼は言った。「ごめん」。私は彼の目を見ているのに、目があうことはなかった。振られたんだ、私。そんな現実を受け入れつつも、出し切ったはずの興奮物質が私の脳内を蝕み、数秒前まで彼と重ねていた唇へと伝達した。振られたことさえどうでもよく思えるぐらいに好きな人とのキスって幸せなものなのかも、と思ってしまった。

ペンネーム:乃愛

ネガティブ社会人。休日はシーツの洗濯をして、寝て過ごす。靴下とお弁当が嫌い。