――最近私が目にするセクシュアルマイノリティーを扱った作品は、きらきらして明るい、ある種、「ファンタジー」みたいなものが多いように思います。この映画では、周囲からの偏見に悩む主人公の姿が細やかに描かれていることが印象的でした。

もともとはここまでリアルに描いたり、深刻にするつもりはなかったんですよね。でも、制作過程で取材を進めていくと、自分の思っていた以上に、彼らが深刻なものを抱えていることを知りました。この現状で、明るいタッチの作品を作っても、誰かを傷つけてしまうかも知れない、と思ったんです。

――取材では具体的にどのようなことをしたのでしょうか?

セクシュアルマイノリティーの方に直接お話を聞いたり、手記を読んだりしました。

その中でも、本作の監修であり、ご自身も同性愛者である南和行弁護士が、「日本における同性愛者の最大のミッションは、自分が同性愛者であることを隠し通せるかだ」と仰っているのには、衝撃を受けました。

――え、それってここ最近の話ですか...?

はい。1年前くらいの話ですね。

また、他にもこんなことがありました。ロケ地探しのために地方を回り、「恋愛映画を作りたい」と話を持ちかけるんです。話を進めるなかで、「同性愛を扱う映画」ということを伝えると、先方の動きが止まることが多々ありました。

差別、現状はまだまだあると感じた

一見理解はしている、という雰囲気の方でも、実際に自分自身や地元がセクシュアルマイノリティーのテーマに関わるとなると、「男女じゃだめなの?」「”そういう風”に地元が見られちゃうかも」となってしまう。もし自分がマイノリティーの当事者だったらもっと嫌な気分になるんだろうな、と思いました。

映画の一場面/『his』配給のファントム・フィルム提供
映画の一場面/『his』配給のファントム・フィルム提供

東京にいると、セクシュアルマイノリティーという言葉は浸透していて、理解も進んできているように見える。「差別なんてもうないんじゃないか」と思ってしまうことがありました。でも現状はまだまだだったんです。

――取材を進める中で、「ファンタジー」のような描き方ではなく、リアルを描こうという方針になったのですね。

そうです。「ファンタジー」のような描き方というのは、元になる価値観がある程度世の中に認識されているときに、面白さがより伝わるのかなと個人的には思っています。
男女の恋愛ストーリーは、これまでも多く作られているし、一般的だと捉えられているから、例えば、出会っていきなりキスして今日から君は俺の彼女だ!みたいな展開だとしても、「ファンタジー」と分かった上で楽しめますよね。

でも、基本的なことをまだ知らない人が圧倒的に多いジャンルだと、もしかしたら、誤解を生んでしまうかもしれない。

取材を通して、セクシュアルマイノリティーについて知らない人はまだたくさんいるし、傷ついてる人も大勢いるということが分かりました。セクシュアルマイノリティーという単語を見聞きすることが増えてきた一方で、もう一回、その現状を確認したり、考えてもらうきっかけに「his」がなったらいいのかな、と思っています。

アサダアツシさん
企画・脚本担当のアサダアツシさん

恋愛映画、で終わらない。「彼らに関わった人たちの話」にしたかった

――渚の妻・玲奈の葛藤や、玲奈の母親との関係にもフォーカスを当てている印象があります。

この映画では、「彼らに関わった人たちの話」をやりたかったんです。ゲイカップルだけの話にはしたくなかった。そこはすごく重きを置いています。

――主人公が同僚たちに「ゲイって聞いたけど本当なの?」とお酒の席で笑いものにされるシーンがあり、心が痛みました。 

観てくれる方の中にはきっと、「自分があの場にいたら一緒に笑ってしまうな」という人がいると思うんです。これぐらいの笑いだったら許されるだろう、ってね。でもそれって、「自分たちは差別してないよ」というフリはありながらも、根底ではそれを笑っているというのがありますよね。あのシーンはマイノリティーの方はもちろん、そうじゃない方が観ても痛いシーンになるんじゃないかと思います。

――「his」という映画タイトルに込められた想いを教えてください。

「his」は「彼の、彼のもの」という意味。his lover, his daughter, his wifeと、主人公と、彼らに関わる人たちを表しています。セクシュアルマイノリティーではない人が観たときに「自分だったらどうしたんだろう」と考えてもらえたら嬉しいです。

ゲイの話です、と言うと「自分には関係ない」と思われちゃうかもしれないんですけど、どんなセクシュアリティーの方が観ても自分の身に起こる話としては変わらないはずです。薄いものを作っている気は全然ない。誰が観ても共感したり、考えることができるんじゃないかと思います。

◆アサダアツシさんプロフィール

奈良県出身。 1992年フジテレビ『ウゴウゴルーガ』でデビュー。最初のスタートから現在に至るまでフリーランス。2020年1月に、かつて恋人同士だった男性2人の再会を描いた映画『his』の企画・脚本を担当した。

◆映画あらすじ
かつて恋人同士だった男性2人の、8年ぶりの再会を描いた物語。突然娘を連れて現れた渚を迅がどう受け入れるのかという恋愛ストーリーを軸に、セクシュアルマイノリティーの人々と古くから根付いている共同体の共存への希望、親権を争う法廷劇、変化しつつある家族の形、そしてシングルマザーが直面する過酷な現状などが描かれる。マイノリティーだからと何かを諦めて生きてきた迅と渚が、そして彼らに関わった人たちが、それぞれに境界線を越えていく人間ドラマ。

『his』配給のファントム・フィルム提供

◆映画情報
『his』
2020 年1月 24 日(金)より新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
■キャスト 宮沢氷魚 藤原季節
■スタッフ 監督:今泉力哉 企画・脚本:アサダアツシ 音楽:渡邊崇
配給:ファントム・フィルム
©2020 映画「his」製作委員会