2019年の8月末にスタートした「かがみよかがみ」。18~29歳の女性からのエッセイ投稿を受け付けるサイトですが、男性編集部員の私が読んでも、「うんうんわかるわかる」「あー、自分はこんなことあったなあ」と思い出して、色々話したくなるようなエッセイがたくさんありました。その中でも特に、私自身が抱いてるコンプレックスや人生経験と似通っているものを感じたエッセイを紹介します。

 ◆原曲クラッシャーと言われる「音痴」な私がマイクをはなさない理由/但馬昏夫

◆私が勝手に作ったヒエラルキー「アパレル店員さんがこわい」/カンダ

◆履歴書の前でグッと手が止まる 人に語る物語が私にはない/路地裏

◆いい大学に行けなかった私は「この高校の失敗作」と思っていた/たまご

◆友人たちとの「距離」がさみしくて 「子どもは同級生にしよう」/私道かぴ

◆原曲クラッシャーと言われる「音痴」な私がマイクをはなさない理由/但馬昏夫

 

音痴でリズム感がなくて原曲クラッシャーのわたしが、歌うなと言われたりテーブルから追い出されなかったりしたのは、自分なりのホスピタリティが周りに伝わっていたから、場が盛り下がらないように、嫌々ながらではない姿がどうにか打ち出せていたからだったのかなと思う。

原曲クラッシャーと言われる「音痴」な私がマイクをはなさない理由

 こんな前向きさとホスピタリティを身につけたい!

私。カラオケ、ど下手なんです(泣)。小学校の校歌斉唱で大きな声で歌ったら、前に立つ生徒から「何この人」と奇異なものを見る目つきで振り返られたり、社会人になっても取材先との酒席で「酒も飲めないし歌も下手。お前はなんおためにこの場にいるんだ」と言われたり……。なので、投稿者さんのようにこんな風な前向きさとホスピタリティを身につけたい!! と感じました。

 ◆私が勝手に作ったヒエラルキー「アパレル店員さんがこわい」/カンダ

 

つまり、とても可愛い。きれいだ。モテそう。さらに、彼女たちは優しい。私のようなファッションセンスのかけらもない人間にも、等しく笑顔で話しかけてくれる上に、丁寧に服のアドバイスまでしてくれる。彼女たちは、私よりも、「上」の存在だ。

私が勝手に作ったヒエラルキー「アパレル店員さんがこわい」

 やっと「ええねん、僕は着たい服着るねん」と思えるようになりました

そう。着たいな、と思った服があっても、店に行くと怖い、のである。なんだか馬鹿にされてるような気がしてしまうのである。「お前みたいなオタクっぽい奴がここの服着ようとしてるのかよ」と思われているような気がして。20代半ばを過ぎてようやく、「ええねん、僕は着たい服着るねん」という開き直りを身につけました。 

◆履歴書の前でグッと手が止まる 人に語る物語が私にはない/路地裏

毎日笑っている人も暗いものを抱えているし、暗そうに見える子が実はコミケでスーパースターかもしれない。わたしはあんまり頑張れないタイプだが、思い返せば少しずつ前進している。勝ってないけど負けてもないな。生きてるだけでも偉いよ自分。

履歴書の前でグッと手が止まる 人に語る物語が私にはない

 1年の就職留年。坊主にしたり、作文講座に通ったり……… 

就活、いまの世の中ではニュースで取り上げられるほど、一種の社会的な事象になっていると感じます。私がいまの会社に内定をもらったのは、3回目の挑戦でした。親に頼み込んで1年だけ猶予をもらい、坊主にして気持ちを入れ替えてみたり、マスコミ向けの作文講座に通ったりしました。このエッセイは最終的に就活の経験を通して、他人への想像力、やさしさ、自己肯定感につながっている終わり方がすばらしいと思いました。

 ◆いい大学に行けなかった私は「この高校の失敗作」と思っていた/たまご

 

だから、「またいつでも帰ってきなさい」という言葉は、私からものさしを取り上げて言ってくれたような言葉な気がして、その日の帰り道、私はなぜだか泣いていた。

いい大学に行けなかった私は「この高校の失敗作」と思っていた

「この学校を卒業した自分はこうならねば」思っていた時期あった

私自身、中高一貫のいわゆる進学校に通ったため、学校の名前、とか、この学校を卒業した自分はこうならねばならない、といった思いにとらわれていたころがありました。なので、投稿者さんの気持ち、想像がつきます。再訪したときに先生からかけられた言葉で投稿者さんの苦しさがゆるやかにほどけていく様子を追体験させていただき、ほっと安心した気持ちになれました。

 ◆友人たちとの「距離」がさみしくて 「子どもは同級生にしよう」/私道かぴ

今思えば我ながらばかみたいな提案だなあと思うのだが、その頃は結構切実だったのだ。友人であるみんなとは、家族や恋人にはなれない。けれど、お互い努力をすれば、この関係性は続けられるのかもしれない。友人に対する「人生をかけて仲良くしようね」というプロポーズのような気持ちを込めて、私はその言葉を使っていたのだと思う。

友人たちとの「距離」がさみしくて 「子どもは同級生にしよう」

 社会人になると話がかみあわない……あるよねえ

私も友人から「子どもを同じ中学に入学させたい」なんて話をされていました。でも、社会人になってそれぞれが仕事に一生懸命になると、なかなか話がかみあわなかったり、すれ違うことも増えたな、と感じています。最後の締めの段落。自分自身の過去の考え方に対して、落ち着いて距離をとって客観的に見つめているような言葉が、とてもすてきでした。

 エッセイを読んで、私が感じたこと、受け止めたことは、もしかしたら、書いた人が望んだような、感じ方、受け止め方ではないかもしれません。それでも、こんな風に色んなことを思い出したり、感じたりと、楽しみにみなさんのエッセイを待っている人間いることが伝わればいいな、と思って書きました。

 今年も、みなさんのエッセイを読むのを楽しみにしています。