この街にはすべてがある。ハイレベルな教育を提供する大学も、経済をど真ん中で回している数多の企業も。レンタル店に置いていないような映画を上映する名画座も、しっとりとしたジャズやR&Bを楽しめるライブハウスも、ひたすら好きな音に浸りながらお酒を飲んで踊り狂えるクラブも、人と人を繋ぐ小さなバーも。
わたしはここから離れられない。たくさんの出会いと別れと、愛おしい思い出を胸に抱きしめながら歳を重ねて、この大都市に骨を埋めるんだ。

あぁ、わたしはやっと自分の居場所を見つけられた

大学入学と同時に田舎を出て東京へやってきたのは、もう9年近く前のこと。生まれ育った場所からはとても遠い土地で起きた災害が、この島国全体に絶大な影響をもたらし、わたし達の授業開始は1ヶ月遅れた。

知り合いは誰ひとりいない中、ぽっかりと空いてしまった時間。けれどこの街がわたしを飽きさせることはなく、推し俳優が出演している映画の舞台挨拶に行ったり、神保町の古本屋街を散策してみたり、某評論家の主催したお花見にふらっと出かけてみたりしているうちに、あっという間に日々は過ぎていった。

大学の新歓が始まってからは、たくさんの人との出会いがあった。音楽や映画について膨大な知識を持っている上級生たちがただひたすらに眩しく、彼らと一緒にいるといくら時間があっても話題が尽きることはなかった。
サークルの先輩たち御用達の中古レコードショップへ連れていってもらったり、部室にあるスピーカーにiPodを繋いでDJごっこをしたり、コンビニで缶チューハイとつまみを買って大学近くの公園で飲んだりした。目に移るもの全てがキラキラと輝いて、あぁ、わたしはやっと自分の居場所を見つけられた、と感慨深い気持ちでいた。

東京という場所はすべての人に開かれていて、限りなくフラットだ

就職して自由に使えるお金が増えてからは、学生時代とはまた違った都会の楽しみ方を覚えた。仕事で溜まった日頃のストレスを吹き飛ばすように、もともと好きだったお酒にどっぷりとはまっていく。会社や自宅周辺の飲み屋を開拓して、そこで出会った人たちと他愛もない話で盛り上がるのは何より楽しかった。

「東京の人は冷たい」なんて言葉をときどき耳にするけれど、そんなの大嘘だと思う。
この街で出会ったたくさんの人たちは、出身地も生い立ちも職業も、趣味嗜好もバラバラだ。なのに一緒にいると何故か心地よくて、仕事や恋愛の悩みもコンプレックスも、本音で打ち明けられる。東京という場所はすべての人に開かれていて、限りなくフラットだ。そこに吸い寄せられるように集まる人々に、独特のシンパシーを感じる。

ひとりひとりが互いに励ましあって、この大都市を形づくっている

上京して約9年、本当に色々なことがあった。仕事のストレスで体調を崩して休職するはめになり、それをきっかけに新卒で入った会社を3年で辞めて転職した。死にたくなるくらいに辛い失恋をしたり、また新しい恋をしたり、目まぐるしい日々を送るなか、いつだってわたしを支えてくれていたのは、東京の大切な友人たちだ。

「〇〇ちゃんはさ、田舎から出てきて、すぐそばに身寄りもいないけど。なにか辛いことがあったらいつでも連絡してきていいから。俺たちはずっと友達だし、ひとりで寂しい思いなんて絶対させないから」

そんな風に言ってくれる人がいるから、わたしはこれからも生きていける。
東京には何だってある。でもひとりでは、高い家賃を払って満員電車にすし詰めになって通勤して、心無い人の些細な一言に傷つきながらも平気なふりをして笑顔を貼りつけて、厳しい現実を生き抜いてゆけない。

ひとりひとりはとても小さな存在であるわたしたちが、紛れもなくこの大都市を形づくっている。互いに励まし合って、泣いたり笑ったりしながら、また違う明日を迎えるんだ。