「東京は冷たいよ」
上京する事を周りに伝えると、よくこの言葉を言われが私はそうではないと今のところ感じている。
昨年の夏、25歳と微妙な年齢で上京した。
専門学校を卒業し、就職。3年勤めた会社を退職して東京に来た。
「好きな事で生きたい」という思いを諦めきれず、夢を追って東京へ来たのだ。
皆自分の仕事や夢に人生に一生懸命で、むしろ東京はアツイ
結論から言うと、東京はアツイ。
だいたい出会った人には何をやりたいのか?これからどうなりたいのか?という話になりがちだし、東京に来て一からスタートする私にアドバイスをくれたり協力できる事がないか考えてくれたりなんかする。「変な人も多いから気をつけるんだよ!」と念まで押してくれる。アツイ。
実際私も東京で出会った初対面の方に「東京で何やりたいの?」と聞かれて、あ〜 やりたい事いっぱいあって何て言ったら伝わるかな?とモタモタしていると、「何がやりたいのかハッキリわからないと力になってあげられないよ!」と言われた。
2回言うが、この方とは初対面だ。
ちょっと引いちゃうくらいアツい。
東京に来る前は、広島県にある呉市という町に住んでいた。
町のシンボルである灰ヶ峰という大きな山と、穏やかな瀬戸内海に囲まれた美しい町だ。
広い海には海軍の潜水艦がいつも止まっている。
人の温かさも好きだ。
もちろん都会ではない。町唯一のショッピングモールに行くと必ず知り合いに会うくらい世間は狭い。
例えば、中学生の頃に彼氏と手を繋いで下校している所を車で通りすがった同じ学校の生徒の親に見られ、母親が帰宅した時には既に伝わっていたし、
休みの日に、化粧をしている姿を見られれば次の日に部活の顧問から「化粧するなら部活必死にやれ」と言われた。
学校で少し問題を起こせばあっと言う間に「あの子は不良、問題児」と地域中に広まる。
もちろん世間が狭い事は悪い事ばかりではない。
防犯の面ではとても良いと感じている。
実際私も小学生の頃、夏の暑い日の下校中にどうしても水分が摂りたくて近所の知っているお家でお茶を貰ったりした。
周りが知り合いばかりだと気にかけてくれる目が沢山あるので安心だし、助けを呼ぶハードルも低くい。
相反して、東京に来てから人の圧倒的な多さに驚く一方で、誰も私の事を知らない世界が心地よかった。
少し自由にさえなれた気でいた。
誰かの目を気にして行動する必要がないからだ。
好きな格好をし、好きな仕事をし、好きにできる。
それが最高に嬉しかった。
そして、東京に来て改めて自分が「人の目」にこんなにも囚われていたという事に気づいたのだ。
確かに東京の人々は皆足早に駆けていく。何か生き急いでる様に。
それが「東京は冷たい」のイメージに少なくとも関係すると思う。
私はここに来て何故皆が足早なのか、その理由が分かったような気がする。
それは、皆自分の仕事や夢に人生に一生懸命だからだ。
それだけ自分の人生に集中できているなんて、最高にアツイ。
自分の人生に集中する事は「冷たい」?
今の話をすると、このような事を言う人もいるだろう。
「自分の事ばかりで人の事は?」
もちろん、人を思いやる気持ちは大事だと思う。
だが、人に目を向けてばかりで自分の気持ちに気付けているだろうか?
自分が本当は何をやりたいのか?何が好きなのか?何を幸せと思うのか?
そこにも目を向けてみて欲しい。
一度きりの自分の人生なのだから。
集中しすぎるくらいが丁度いいかもしれない。
もしあなたが充実した日を送れて幸せを感じたなら、同じように幸せな気持ちになる人がいるだろう。
心に余裕があれば自然に人に優しくできる。
人に目を向ける事ができる。
だから必要以上に人に目を向ける事を重要視しないで、優しくない自分を後ろめたく思わなくていい。
(これは私に言い聞かせている言葉である)
もし誰かが
人のアドバイス(ありがた迷惑なやつ)を聞かない事が、
人の目や世間体を気にしない事が、
自分の人生に集中する事が、
「冷たい」と言うのなら私はこの「冷たい東京」を悪くないと思う。
うん、やっぱりむしろ東京はアツイ。