目を覚ます。大きく伸びをする。水分補給をする。顔を洗う。
そして、保湿をし、メイクをする。丁寧に、丁寧に。
化粧水と乳液で肌を整えて、メイクが終わるまで、実に20分。長いと言われることもある。それでも私は、このルーティンを欠くことはほぼ無い。今では。
失恋で腫れた顔が、友人のメイクで鮮やかに彩られた
昔、彼氏にこっぴどい振られ方をしたことがあった。泣いてばかりいたせいで、目はパンパンに腫れて、顔はおまんじゅうみたいにむくんでいた。この世の幸せそうなものが全て恨めしく感じて、口を開けば元彼の愚痴ばかり。今振り返ると、当時の私は、外面だけでなく、内面も相当に不細工だった。
一人じゃ悲しみを抱えきれなくなった私は、とある親友に「別れた」LINEをした。彼女はビックリして、私の家まで駆けつけてくれた。その手に、化粧道具が沢山詰まったカバンを持って。
彼女はいわゆるコスメオタクだ。「外見だけでも綺麗になって、元彼を見返したい」と、現金な要求をしたところ、家にあったあらゆるコスメを持ってきてくれた。「ファッションショーしよ!」と、にっこり笑う彼女。いい友人を持ったと思った。
でも、元彼が来ることもなくなったせいか、部屋は大荒れ。それなのに、付き合いたての頃、誕生日に元彼からもらったスヌーピーのぬいぐるみだけは、綺麗にベッドサイドに置いてあったりした。テンプレみたいな、振られた後の女の部屋って感じだな、と思った。もし親友にダメ出しされても仕方ない。
でも親友は、家の現状にNGを突きつけるようなことは一切せず、ひたすらメイクだけに付き合ってくれた。真剣な眼差しで、いろんな色のアイシャドウを私の瞼に乗せていく。
世界がモノトーンにしか見えていなかった自分には、鮮やかに彩られた目元だけがぴかぴかに輝いているのが、何だか不思議だった。
見たことないほど綺麗に仕上がった私の顔に、ちょっとびっくりしていると、彼女からはこう言った。
「化粧もいいけど、まずはスキンケアからだよ。今のはちこはストレスで肌がボロボロだから、しっかり保湿して、土台のコンディション整えないと」
彼女はオススメのメイク道具や、スキンケア用品を私に教えて、がんばれ、と言って、帰っていった。
メイクが教えてくれた。セルフケア、自信
早速、保湿からしてみる。安物の化粧水しか家になかったけど、それでもコットンを使って、丁寧に、丁寧に、自分の肌に沁み込ませていく。乳液を優しく当てて、潤った肌にベールをかぶせる。同じように、コットンを使って下地、ファンデで肌を整える。眉毛を書いて、仕上げにアイシャドウとリップを載せる。
鏡に映った私を、まじまじと見る。だんだん顔が歪んできて、目の奥から熱い液体がこみ上げてくる。いかんいかん、メイクしたばかりだと言うのに。そこに映るのは、彼氏でも誰でもない、自分自身にちゃんと愛された、一人の女の顔だった。
「化粧と感情の心理学的研究概観」という研究によると、化粧には、「慈しむ化粧」そして「飾る化粧」があると言う。慈しむ化粧が、いわゆるスキンケアで、飾る化粧が、メイクやフレグランス。自分への労りの気持ちと、self-confidenceのために飾るという行為、その両輪で、化粧は成り立つ。
当時の私の脳内には、セルフケアなんて概念はなかったし、自分への自信なんてかけらも残っていなかった。でも、同時に一番必要だったのも、その二つだった。メイクが私に、そのことを教えてくれたのだ。
今となっては、とても慣れた手つきで、化粧をするようになった。鏡を見て、にっこりする。満足な出来栄えだ。昔は「アイシャドウ濃すぎ!」なんてダメ出しされたこともあったのになぁ、と苦笑する。でも、それだけ当たり前に、自分を愛することができるようになった。そんな自分が、とても誇らしい。
※参考論文…「化粧と感情の心理学的研究概観」