昔からとにかく人に道を聞かれやすかった。

観光地に行けば写真を頼まれるし、
駅に行けばホームで電車を聞かれる。

見知らぬ土地で外国の方に道を聞かれたことも数え切れないほどある。

頼り甲斐がありそうに見えるということかしらなんて、ポジティブに捉えていた期間は決して短くなかったけれど、高校の教員という職を選んでからそんな自分が一気に嫌になった。

教員になったきっかけは色々あるけれど、1番大きなきっかけは、大学生の頃に、ある高校で働いておられた学校の先生と出会ったことだ。

その方は、「私が学校の先生になったのは、学校が大好きだったからです!」と笑顔でおっしゃっていて、非常に印象に残っている。

特に高校生の頃、学校が特別好きだというわけでもなかったわたしは、「いろんな生徒がいるんだから、わたしみたいに学校が好きじゃなかった先生がいてもいいじゃないか」と思い立ち、本格的に教員を目指し始めた。

学校が好きじゃない生徒の拠り所になれたらな、なんて淡い希望を抱いて。

しかし現実はそう甘くなかった。

高校生の生徒相手に、「なめられる」ことは死活問題だった

声かけられるということは人からある程度
なめられているということでもあると思う。

誰だって何かしら危害を加えてきそうな人には声をかけたりなんかしないだろう。

わたし自身が道を尋ねるときだって、
無意識に怖くなさそうな人を選んでいるはずだ。

だけど、自分とさほど年の変わらない高校生の生徒相手に、「なめられる」ということは死活問題だった。

かつて同僚の先生に、「先生が担任持っておられるクラスに、先生よりも大人っぽい子たくさんいますよ(笑)」なんて言われたことは今でも根に持っている。

若い女性というだけで、
高校生だけでなく保護者から頼り甲斐が
ないと思われてしまうことも嫌だった。

童顔ってわけでもないんだけどな、垢抜けてないのかな、なんて鏡を見て落ち込んだことは一度や二度でなかった。

ごつめの指輪、真っ赤なネイル、きゅっと引いた口紅。どれもわたしの身を守る鎧

そこでわたしが武器にしようと思ったのは
メイクや身だしなみだった。

フレッシュ感が出過ぎてしまうから
真っ黒のスーツを着るのはやめた。

眉毛をキリッと整えるようにした。

ごつめの指輪、真っ赤なネイル、きゅっと引いた口紅。どれもわたしの身を守る鎧になった。

気づけば前に人から道を聞かれたのなんて
いつのことか思い出せないくらいになった。

生徒にも果敢に立ち向かえるようになった。

教員だって人間だ。苦手なタイプの生徒も
1人や2人はいる。

そんな生徒にも向き合わなければならないのが
この仕事だけれど、そんなときこそメイクは
わたしの味方になってくれた。

「先生なんか怒っても怖くない!」なんて言われても、生徒が反抗して突っかかってきても、彩られた爪を見つめ、深呼吸して堪えた。

「先生雰囲気変わったね」「彼氏でもできた?」なんて声をかけてくる生徒をあえてサラッとかわして、指輪をぐっとはめた。

もちろん、そんな見た目で教員なんて、と誰からも文句を言わせないつもりで、仕事にはより一層真剣に取り組んだ。

生徒からの授業評価が校内の平均を大幅に超えた今、ホッとしている自分と少し悔しい自分がいる。

本当は人をなめてかかるような態度を取る方が悪いということもわかっている。

そうわかるようになっただけでも、十分収穫かな。

そして、それでもわたしは今の自分の方が好きだと心から言える。

さあ昼休み、口紅でも塗り直そうかしら。

わたしにとってメイクは武装だ。