私はイヤなことを言われても瞬発的に「NO」と言えず、あとから怒りがじわじわと滲み出てくることが多々ある。そして、なんて言い返すべきだったのかを考える反省会を行う。気持ちが落ち着くまで延々と「ああ言えば、こう言えば……」と自分のボキャブラリーを絞り出して正解のセリフをつくり出す。でも、それを相手に放つタイミングはもうこない。しかたなく「次、イヤなことを言われたらコレを使おう」と行き場のない言葉を自分の中に片付ける。でも未だに“いつか言ってやろう”とつくった言葉が声になったことはない。

つい、自分の感情より相手を優先させてしまう

私が「NO」と言えない理由は2つあると思っている。
1つ目は「NO」と言っていいのかを瞬発的に判断できないから。
ムッと思ったり、違和感があっても、“これは私の勘違いなのでは?”“勝手に言葉の裏の裏の裏まで読もうしているのでは?”と二の足を踏んでしまう。さらに“もし「NO」と言ったあと、空気が悪くなったら嫌だな”なんて、数分先のこともシミュレーションしているうちに、他の話題に移っていてすっかりタイミングを失っている。

2つ目は一瞬ムッと思っても、相手の立場や気持ちを考えて「そりゃ、そう言いたくもなるか…」とヘンに納得してしまうから。
小学校の道徳の授業とかで習った“相手の気持ちを考えて行動しよう”みたいな考え方が、今でも染みついているのかもしれない。はたまた、広告代理店のコピーライターという職業柄、ユーザーの気持ちや行動を想像しながら仕事をしているので、それがクセなり、プライベートでも目の前の相手の気持ちを考え、優先するようになっているのかもしれない。

もちろん、私にも感情はちゃんとある。でも、一番に相手の気持ちを優先し、尊重してしまうので、その場では私は私の気持ちに気付かない。私が気付いていないのだから、相手も私が傷付いていることなんて知らない。そして、冒頭の通りあとから怒りや悲しみがどろどろと心の中を覆っていく。

自分と他人をバランスよく優先して

「○○さんはきっと、こういうことを考えているはずだから…」と、まずは相手の感情を想像し、優先する私をみて、知人は「やさしいね」と言ってくれた。その言葉は嬉しかったし、「あなたは、ちゃんと周りを見ながら行動できていますよ」と認めてもらえた気がして、安心した。

でも、そこでふと気付いたこともあった。
私は周りにとっては“やさしい人”だけど、私は私にとって“やさしくない”のでは?と。

なぜなら、優先度が低い、気持ちに気付かないというように、“やさしい”と言われた行動の正反対のことを自分にしているのだから。“相手優先”がデフォルトになり過ぎて、自分に目を向けることが全くできていなかった。そして、もう少し自分自身の優先順位を上げ、やさしくなってもいいのでは?というか、絶対やさしくなろう!と強く思った。私自身が他の誰よりも私の感情を理解することができるんだから。それに、今まで他人の気持ちを優先し過ぎたことで、時には悲しい思いもしてきたんだから。

まずは自分の感情に気付くことから始めてみる

きっと私の性格上、今すぐに自分の優先度を他人と同じくらいまで上げることは難しいと思っている。この先もなかなか「NO」と言えなくて、傷付いてしまうこともあるかもしれない。

でも、最終ゴールは、その時々の自分の気持ちにちゃんと気付いて「NO」とはっきり言えるようになること。少しでも早くそれができるようになるために、まずは自分に“やさしく”なろうと思う。