私は女子会というものがとても嫌いである。というか、怖い。
女性達で集まって食事をすること自体は全然嫌いではないのだが「女子会」という名前を掲げられると、途端に身体がこわばる。女子会、というと女性達が悪口大会をしているようなイメージを持つ人もいるかもしれないが、決してそんなことはない(そもそも誰かの悪口を言い合いたい時は女子会なんて煌びやかな名前をつけずに秘密裏にやる)。そんな生温いものではない。
女子会は、待ち合わせの瞬間から始まっている
待ち合わせ場所に着くと飛び交うのは、大量の「かわいー」。おしゃれなお店に行く。おしゃれな飲み物とおしゃれなパスタを注文する。パスタをシェアする。そっちも美味しいね。そっちのも美味しいよ。ところで最近彼氏とはどうなの。話題をシェアする。
正直めちゃくちゃ緊張する。あぁ、女子として参加しなくちゃいけないのかと。シェア、という言葉は本来"共有"という意味があるけれど、女子会のシェアはそこに"共感"もプラスされているように思う。かわいいもパスタも話題も、全部をみんなで楽しくシェアしなければと私は必死になってしまう。共有と共感の中、個人が溶けていくような感覚。一人一人と向き合って、ちゃんとお喋りすることが出来なくなる気がして、私は少し悲しくなる。
当たり障りのない女子会。帰りがけの「楽しかったね」でフィニッシュ
話は逸れるが、すっぴん風ナチュラルメイクというのは、恐ろしい程の時間と技術を要する個人競技の一種だと私は思っている。やりすぎもいけない、かといってやらなすぎもいけない絶妙な匠の技。そう考えると、女子会特有の当たり障りの無いすっぴん風な空気感というのは高難易度な団体競技である。みんなそれぞれに役割があってパワーの強弱があって、バランスのとれた団体技。帰りがけのナチュラルな「楽しかったね」「そうだねー」のやりとりで団体技のフィニッシュを迎える。
私は頑固で不器用なため、可愛いと思った時にしか可愛いと言えない。「冬は寒くて嫌い」という話題でみんな共感して「わかるー」となっているのに、冬の寒さが好きな私は上手く「わかるー」となれない。当たり障りの無い会話は難しくて無言、もしくは距離感を近くとってしまう。すっぴん風な団体の中にいるのにも関わらず私は、心はいつもすっぴんでいたい。そう思ってしまう。簡単に言うと、団体競技に向いていない。
少し困った顔をして、団体競技を乱そうとする。そんな私の理想は
向いていないので、いつも帰りがけの「楽しかったね」には少し困った顔をしてしまう。本当はあまり楽しくなかった。共有や共感をしたくないわけではなくて、それらを上手く出来ない自分がなんだかとても申し訳なかった。みんな団体競技をしているのに、私はそれを乱そうとしている。タイトルには"「いいえ」と言いたい"なんて書いたけど、それは流石に人として感じが悪いかもしれない。心の中から自然にするっと「楽しかったね」が出てくるような、そんな雰囲気が私の理想だ。