「取引先のあの子、ゆっこさんと同じ大学、同じ学部、同じ年齢みたいだけど、面識ないの?」
上司からの質問に私は「大学って広いので、授業が違うと全然面識ないですよ」と笑って答えた。
上司の言う通り、私がその子と同じ大学、同じ学部、同じ年齢であることは間違いない。

決定的な違いは、彼女が「昼間部」で、私が「夜間部」に通っていたということである。

第1志望の大学は不合格。「夜間部進学」という残された道を決意した

大学受験を控えた高3の夏、周囲に合わせて夏季セミナーに申し込んだり、参考書を買ってみたりしたが、大学受験へのスイッチが全く入らなかった。その結果、第一志望の国立大学は「不合格」。残った選択肢は「私立大学A」か「私立大学B」の二択だった。

私の学びたい学部は「私立大学A」にあった。しかし私立大学Aの昼間部も不合格だった私はA大学に進学するならば、夜間部への進学しか残されていなかった。4年で卒業することに変わりはないが、インターネットで調べてみると「社会人が多いから同じ年くらいの友人ができない」「バイトの後に大学に通うことになるため、疲れてサボってしまう学生が多い」という言葉が書かれていた。
両親は「キャンパスライフ=昼間部」と考えており、夜間部への進学を猛反対された。大喧嘩をした結果、最終的には4年で卒業することを絶対条件とすることで許してくれた。

「昼間部には負けたくない」。その強い思いがいつも私を駆り立てた

夜間部は昼間部の半額の学費で通うことができるため、様々な事情を抱えた同級生もいた。昼間は社会人として働き夜大学に来ている人、定時制高校から大学に進学した人、昼間は野球部としてバリバリ練習し、練習後の夜間に授業を受けに来る人、そして私のように大学受験に失敗して進学した人…。中には、大学の学費を自分で稼いで来ている同じ年の人もおり、昼間学生よりもずっとずっと意識の高い人が多いように感じた。私も周囲の頑張りに負けていられないと強く思い、大学の勉強を最優先としながらも、空いている昼間の時間で資格取得に励んだり、バイトをしたり、ボランティア活動を行ったり、普通の大学生と何ら変わりない、いやむしろふつうの大学生よりも充実した大学生活を送ることができたように思う。

私たちの中にはいつも「昼間部には絶対に負けたくない」という強い気持ちがあった。大学に進学してから「夜間部」の考え方が大きく変わった。

私の4年間は「かわいそう」なんかじゃない。悔しさがこみ上げた

様々な事情を抱えながらも「大学で学びたい」という強い意志を持つ仲間から、大学という4年間がいかに貴重で大切な時間なのかということを教わった。大学時代の友人とは現在も切磋琢磨し合える関係で、私の人生に大きな影響を与えている。私は、夜間部卒ということに対し何も後ろめたいことはないと感じていた。

しかし私が夜間部卒だと言うと、周囲から「働きながら通っていたの?気の毒だね」「普通の大学に通えなかったんだね」と可哀想な子のような扱いを受ける。夜間部ということに、偏見を持つ人が少なからずいることを知り、何となく恥ずかしい、隠したい気持ちになった。夜間に大学へ通うなんて、世間的に見ると変だというイメージがあるという事実が、悔しくてたまらなかった。

馴染みが無いものに対して、抵抗があったり、否定的な考えを持ってしまうことは仕方ないことである。ただ相手の言葉に、自分の貴重な経験や大切な思い出が、汚されてしまうような、悲しい気持ちになった。

夜間部卒は私の誇り。大切な4年間を守るため小さなウソをつき続ける

私が周囲に「夜間部卒である」ということを隠しているのは、私が夜間部卒であることを誇りに思っているからである。自分が発信していくことで、夜間部に進学する新たな学生を生むという経験もあったが、そういった嬉しい経験は一部に過ぎない。ウソをつくことで、悲しい思いをしなくて済むならば、そっちの方がずっといい。

小さいウソは、私の大切な4年間を守るためのウソ。