他人の体温が苦手だと気がついたのは小学生の頃だ。
買い物中に母親に手を引っ張られたとき
「あ、なんかへんなかんじ」
と感じてしまった。
もちろん二人の妹たちとも手を繋ぐとすぐに離したくなってしまうし、同じ布団では眠れない幼少期を過ごしていた。人の体温や息が当たるのが心底不快なのである。そんなことを子供心に感じていた。
大学で知り合った友人に、「この道混んでるから」と言われ手を繋がれた時、私はひどい嫌悪感を持ってしまった。むずむずとして違和感ばかりが全身を駆け回っていく。嫌だなぁと言う気持ちだけが頭に浮かんできて、色々話したはずなのに別れたときには
「やっと離してもらえた」
という気持ちだけが残っていた。彼女は何も悪くないのに、何故か彼女に会うのが嫌になってしまったのだ。
電車の中で人と肩が触れ合うとき。カウンターでご飯を食べて人の腕が当たるとき。バイト先でお客様にお釣りやレシートを渡すとき。
私にはほんの一瞬がひどく嫌になってしまう。ありとあらゆる場所で、私はできるだけ小さくなろうとしている。
彼と手をつないだ。それが最後のデートとなった
2年前の夏。私はバイト先の同期の男子に告白された。「ずっと一緒にいてほしい」と言われた。気になっていた人に告白されたのが嬉しくて、OKした。
何回かデートをした。彼はとても真面目な人だった。
しかし、私の「苦手意識」が爆発した。彼とした最後のデートだったと思う。彼と手をつないで
「あ、私この人とはこれ以上付き合えない」
という気持ちが鳥肌と共に立ち上ってきた。
「私、この人とまた手が繋げるのか?」
「私、この人とキスとかできるのか?」
答えはNOだった。
私は次に彼に会ったとき、「ごめんなさい」を告げていた。全部私のわがままで、全部私が悪かった。彼は泣いていた。「付き合わせてごめんなさい」と言っていた。あなたは何一つ悪くなかった。私は謝ることしかできなかった。
もし正直に伝えていれば、プラトニックにでも付き合っていけたのだろうか。そう考えるときもある。しかし付き合っていくうえで、彼の体温に触れてしまうことは何回かあるのだろう。きっと私はそれを恐れていかなければならなかったのだろう。長くは続かなかったのだろう。私はそう思うことにしている。
今の彼氏は「触れても怖くない」なぜだろう
私には今交際している人がいる。その人と初めて手をつなごうとなった日、正直私はものすごくビビっていた。
「いやまさか、どうしよう。また触れなかったら笑えないぞ」
正直他人に触りにいくというのは私の中では論外なので、スッと差し出された手を取ることを僅かにためらった。また気持ち悪いと感じてしまったらどうしよう。しかし「エーイ、知ったことか!」と腹をくくった。
「……あれ?なんか嫌じゃない」
いざ触ってみると、いつもの気持ち悪さを感じなかった。私はひどく動揺した。私に何が起こったんだろう、という感じだった。その時は「なぜ私はこの人に触れたんだ?」という疑問と、ついに人に触れることを克服できたんだと思った。その帰り道、電車の中で知らない人の腕が密着してきた。とてつもない気持ち悪さだった。
私はその日からどうしてだ?という疑問を投げかけ続けた。なぜ彼とは繋ぐことができるのか。正直2年経った今でもわからない。ただ一つ、根拠となりそうなこはあった。
付き合い始めて数ヶ月後、私は彼に「人の体温が苦手」という話をした。他人にこの話をしたのは初めてだった。
「なぜかあなたには触れるんだけれども。でもたまに嫌になるときもある。こんな私ってどう思う?」
彼は特に表情も変えず、
「まあ、苦手なら仕方ないよね、別にいいんじゃない?嫌と思ったら離してくれていいよ」
「あ、言ってよかったんだ」と思った。私がずっと思っていたモヤモヤはきちんと話せばわかってもらえたのか。その前に彼はきちんとこの話をして、受け止めてくれるのか。理解してくれるのか。私は繋ぐ繋げない云々より、このモヤモヤを理解してもらえたことが本当に嬉しかった。
どうして触れるのか、その理由に結論は出ていないが、私はきちんと自分の話をし、彼はそれを受け止めてくれた。「これでいいのか、いいんだ」私は前よりビクビク彼に触ることはなくなった。
それでもたまにそんな彼に対してすら「なんか嫌だなぁ」と感じてしまうときがある。具合の悪いときや疲れているときなんか、非常に相手の体温が熱く感じる。そんなときにスッと手を離したり、距離を置こうとする私に「なんてそんなことするの?」とは言わないでくれる。
社会で生きているうえで、人に触れてしまうことは避けられない。混んでいる道とか、満員電車とか。
そうしたものに、私は我慢する必要があると思っている。大声で「私に触らないでください!!!」なんて言えないからである。大体そんなときは腹を括って飛び込んでいる。
でも今なら「苦手」と言える気がする
でも私は個人に対しては「あんまり触られたくないんだ」と今ならちゃんと伝えられる気がしている。今こうして自分の「他人の体温が苦手」と言う気持ちに整理をつけることができたからである。きっと伝えられていれば、端的な考えをしなければ、今も繋げていけた関係があるのだろう。
きちんと伝えられる自分。苦手を「苦手」と言える私がいてもいいじゃないか。
ペンネーム:氷岾筆々
東京の大学生、氷岾筆々(こおりやまぺんぺん)です。名前の通りペンギンと本に囲まれる生活をしています。
Twitter: @Hibaritoma2