「自由に意見を言ってみましょう」
私の苦手な台詞だ。

私には強く残っている幼稚園の記憶がある。
お絵描きの時間、真っ白い画用紙が配られる。机には色とりどりのクレヨン。「好きなように線を引いてみよう」と先生が言う。
周りの子どもたちは楽しげに線を引いていく。真っ直ぐや、波うった線や、くるくるらせん状。
ところが、私は好きだったピンク色のクレヨンを握りしめたまま、真っ白な画用紙の前で呆然としていた。どんな線を引いたらいいのかわからなかったからだ。正解がわからなくて、手が動かなかった。
先生に「どうしたの?」と話しかけられて、私はぽろぽろ泣き出した。「せん、かけない」。先生は私の手を取って、右に左に一緒にくるくるした線を描いてくれた。

幼稚園ではほかにもたくさんのお絵描きや工作をやった。「お母さんの顔を描いてみよう」「芋ほりの思い出を描いてみよう」。そういったお題には楽しく絵を描いていたのに、「自由に」ができなかった。

無意識に正解を探してしまう

私は「いい子」を生きていたと思う。学校では教室では先生が答えてほしそうな答えを選んで答えたし、中学校では周りのみんなに学級委員に推薦されて、引き受けて3年間つとめた。高校受験では、「自分の好きなところを受けなさい」と言われたけれど、親や学校の先生が期待したであろう地元で一番の公立高校を受験した。得意な科目は現代文で、小論文や大学のレポートの成績だってよかった。教授が書いてほしそうなことがわかったから、だと思う。誰かに従って生きてきたつもりもないけれど、自分の内から溢れ出る思いというよりも、いま正解は何なんだろう?と無意識に正解らしきものを探してきたようだ。

それを思い知らされたのは就職してからだった。

学校と違って、仕事には絶対的な正解がない。人によって見解だって違う。「何が正解なの?」と悩む日々が始まった。意見を求められて、何か言っても反論が返ってくる。そうすると「ああ、正解が言えなかった」と落ち込んで、頭が真っ白になる。次の言葉が出てこない。言葉がのどで詰まったような感覚になる。意見や説明を求められる度に言葉が出てこないことに苦しみ、時には代わりに涙が出てきて、どんどん自分の考えを言えなくなっていった。「私には人に言えるような意見なんてないんだ」。自分の意見や軸の無さがずっとコンプレックスだった。

5人に1人が繊細さん

そんな折に本屋で、「繊細さん」について書かれた本が目にとまった。繊細さん=HSP(Highly Sensitive Person)についての本『「気がつきすぎて疲れる」が驚くほどなくなる  「繊細さん」の本』(武田友紀著/飛鳥新社)だ。HSPという言葉はSNSで見かけたことがあって、もっと詳しく知ってみたいと思っていたところだった。気がつけば本を握りしめてレジに並んでいた。

「繊細さん」は「職場で機嫌の悪い人がいると気になる」「人と長時間一緒にいると、疲れてしまう」「小さなミスに気づいて仕事に時間がかかる」といった「生まれつき敏感で、周りの刺激を過度に受け取る人繊細な人」。5人に1人がこの繊細さんで、脳の神経システムに違いによる生まれつきのものだという。

多くが自分に当てはまるな、と首を何度も縦に振りながら読み進めているうちにこんな一節があたった。

多くの場合、「自分の意見がない」は勘違い。意見はあるけれど、相手のニーズに応えなければならないと思うあまり言えなくなっている」だけなのです。(中略) それはまるで、いろいろなおもちゃ(意見)でいっぱいのガチャポンから無理やり「正解」が入ったボールだけを取り出そうとするようなもの。「正解」ボールを取り出そうとするあまり、あるはずの他の意見が詰まって出てこなくなり、まるで「意見がない」ような気がしてしまうのです。

『「気がつきすぎて疲れる」が驚くほどなくなる  「繊細さん」の本』(武田友紀/飛鳥新社)

「ああ、私これだ」と思った。私は周りが求めている正解を見つけ出そうとした結果、正解がわからず何も言えなくなってしまっている。そして人の期待している正解にたどり着けなかったと感じた時、「私はここに居てはいけない」と思って苦しさに押しつぶされそうになっていた。

しかし、この本を読んで私は大事なことに気がついた。「正解なんて最初から無いのが当たり前」
新しい価値を生まなければならない仕事の場面では、特にそうだ。対話のなかでしか「正解」、いや「自分たちなりの答え」は見つけられないものだからだ。コミュニケーションの中で私が正解を言い当てることは、相手だって必ずしも求めていない。きっと、ただ率直な私の意見を知りたいと思ってくれていることも多かったはず。にも関わらず、私は「唯一の正解がどこかにある」と探し回って、自分で自分を勝手に苦しめてしまっていたようだ。

「正解なんて無い」と、前提に置いておく。そうすれば、真っ白な画用紙に自由にいっぱい線を描くように、一緒に新しい何かをつくっていくことを楽しんでいける。
自分が苦しんでいることの原因が分かったことで、やっとそう思えるようになってきたのだった。

ペンネーム:青葉

新橋のアラサーOL。人生の研究テーマは「ひとの人生を動かすものは何なのか」。クラリネット、短歌、美味しいご飯をこよなく愛しています。Twitter:@greenery_nkmr