後輩の女の子は、色白だった。小柄で、どことなくはかなげな印象を受ける人である。体に、少し大きいカーディガンが、初々しさをかもし出している。そんな彼女は、私から恋人をかっさらっていった。17歳の夏のことである。
今なら、彼女の存在は、ダメ押しではあったかもしれないが、決定打ではなかったと言い切れる。そもそも彼女は、私と彼の関係を知って、彼を奪っていったわけではないのだ。
けれど、本当の理由、私の情緒が安定せず、彼を振り回していたこと、が原因だと認めるのが怖かった。だから「しょせん男は顔なんだ」とか「守ってあげたい雰囲気の子が好かれる世の中なんだ」と思うことにした。
それから「自分には、女の子らしさが足りなかったんだ」と考えた。そういった思いに駆られたのは、その時が初めてではない。通っていた中学、高校には、制服がなかった。なので、毎日、ジーパンで登校していた。
だが、彼氏ができた時、思った。「もう少しかわいい恰好をしたほうがいいのかな」と。次の日から、ジーパンをやめた。それどころか、以降、高校3年間は、毎日、スカートしか履かなかった。自転車の車輪にマキシスカートが巻きこまれて、ビリビリになっても、気持ちは揺らがなかった。けれど、失恋をして、これだけでは、足りないのだと思った
神社に毎日通って、復縁を祈った
別れ話の後、彼はすぐに家に帰った。納得がいかず、泣きながら、1時間自転車をこぎ、家まで行った。すると偶然、彼の妹に会った。何かを察したのか、「お兄ちゃんはコンビニにいきました」と教えてくれた。勇んでコンビニに行き、雑誌コーナーにいた彼をつかまえた。一緒にコンビニを出た後、別れたくない旨をあの手この手でお伝えしたが、まったく成果がなかった。
それからもなにかと理由をつけて連絡をとり、会ってもらった。その都度、相手のことはおかまいなしに、ひとりで怒ったり、泣いたり、嘆いたりしていた。夜、並んで道を歩いていた時、ヒステリーが高じすぎて、道路に横たわって「私のことが嫌いなら、私のことを踏めるでしょ」と言ったこともあった。もちろん踏みつけられたりはしなかった。
元カレは、私の行動に恐怖したのか、幾ばくかの憐憫からか、彼女に内緒で、月に一度会う約束をしてくれた。約束を反故にされるわけにはいかないので、おとなしくしなければと思った。頃合いをみて、メールをし、今月の約束をとりつける。メールには必要最低限のことしか書かない。何通も送ったりしない。もちろん物足りなさはあったが、欲を言わないのが奥ゆかしいふるまいだと思い、耐えた。デートプランは、すべて私が考えた。デートの当日は、手作りのお弁当を持っていった。
それと並行して、学校帰り、通学路にある稲荷神社に毎日通って、復縁を祈った。修学旅行先の沖縄で、地元の人に連れて行ってもらった「よく願いが叶う」と言われる神社でも、当然、祈った。
神様は願いを聞き届けてくれたのか、修学旅行から帰ってきた翌日、彼からメールがきた。彼のほうからメールをよこしてくるのは、別れてから初めてのことだった。
そうして、彼は私のもとへ戻ってきた。
後輩には、少し悪いなと思った。でも、お互い様だと考えることにした。本当のところ、彼には、私の情緒がいくらかでもまともになったと見受けられたから、復縁に至ったのだと思う。薄々、そのことはわかっていたけれど、献身的に接したことが功を奏したのだと思いこんだ。
半年後、彼からの「やっぱり別れたい」
そうは言っても、根っからの献身的な人間ではない。メッキは、早々に剥げ落ちてしまう。人の性格は、すぐには変わらない。そんなことだから、半年後、彼は、メールをしてきた。「やっぱり別れたい」と。小手先の「献身的っぽさ」に人の心を動かす力なんてないのだと痛感させられた。
同時に、最初の別れ話をした時、彼が「一緒にいたら自分も変われると思ったんだよね」と言っていたことを思い出した。そこで初めて、彼にとっては、私が女の子らしいかどうかなんて、どうでもいいことなのだと気づいた。そもそも彼は、スカートを履く前の私に告白してきたのだ。冷静に考えればわかることなのに、思い至らなかった。
もっと振り返れば、お昼にペペロンチーノを作って食べさせてくれたし、私のブラウスのボタンをつけてくれたこともあった。彼の部屋にあったエロ本を熟読する私のことを咎めもしなかった。彼の中には、「女の子なんだからこうあるべき」なんて考えはなかったのだろう。
なのに「男の子は、女の子らしい人が好きに決まっている」と思い込み、から回っていた。誰とも付き合ったことのない私にとって、漫画やドラマの世界の恋愛が、唯一無二の正解だったからだ。あの世界では、女の子はデートにいく時、決まって、かわいいワンピースを着るし、彼氏のために学校に、お弁当を作って、持っていったりする。そういったことから程遠い私は、恋愛市場において、まるで価値がないように思えた。
別れたくないと思うほど、別れは近づく
その考えから自信を喪失し、見よう見まねで、「女の子」を演じてみた。けれど、本音では、そんなことに興味はない。だから、しっくりこなかった。一方で、「こんなこともできないんじゃ、嫌われるに決まっている」と信じこんでいた。妄想にとらわれるほどに、「私みたいな人間が好かれるはずがない、本当は、彼も私が嫌いに決まっている」と勝手に悲観し、やり場のない気持ちをこじらせて、彼に辛く当たるようになってしまった。
別れまいとすればするほど、別れに近づいていくなんてとんでもなく皮肉なことだ。けれど、ふられることは必然だった。時とともに個性は、巷の言説に侵食されて、朽ち果ててしまった。その先に、彼の好きになってくれた私はいなかったのだから。
高校を卒業した後、私は、毎日スカートを履くことをやめた。
ペンネーム:岩崎すいか
一介の会社員。都内在住。好きな食べ物は、トムヤムクン。
三日坊主になった腹筋ローラーを眺め、眠りにつく毎日。そんな二十代も後半戦。