かつての恋人が、結婚するらしい。 自分の気持ち悪さに、本当に嫌気がさす。別れてから何年も経つのに、ふと気になって元恋人のSNSを探してしまう。「ネットストーキングしている自分、やばくね」と思いながら、その日もフェイスブックで名前を検索すると元恋人の父親の投稿がヒットした。 「一人息子が、婚約の儀を交わしました」 そこに写っていたのは、見覚えのある大きな手と、シルバーのリング。そして知らない女性の手が写っていて、指にはめようとする瞬間だった。 うわ、まじかと驚きはしたが、素直に「めでたいなあ」と思った。
幸せになってホッとした。だけど
元恋人はいちばん最初に付き合った人で、約4年間付き合って、そのあいだに2回別れて2回復縁している。どちらもフッたのは自分だったし、最後に別れを切り出したのも自分だった。中学1年から3年、高校3年から大学1年、大学4年。かなり長い時間をともに過ごし、今思えば甘酸っぱいエピソードやこっぱずかしい思い出もいちばんある恋人だった。長く付き合っていたが、最後は元恋人のいやなところばかりが目につくようになり、最後に家に泊まった日は一緒のベッドに寝るのもいやで自分一人が床で寝た。
その後、共通の知人から元恋人が相当落ち込んでいたことも聞いていたから、元恋人のことを好きでいてくれる人が現れて、結婚まで進んでいたことを知って安心したのが本当のところ。元恋人のことが気になっていたけれど、もう連絡先もわからず近況を知る機会がなかったので、幸せになっていてホッとした。
もしかしたら、私と結婚してた未来があったのかも?
今年27歳になる自分はというと、付き合っている恋人はいるが、いつ結婚するか不明。そもそも、恋人に結婚する気があるのかも不明。中学生のときは何も考えずに「23歳くらいで結婚して、子どもは2人ほしいね」なんて話していたのに、年を重ねて現実味を帯びてくると、その話題を出すもの気まずい。
きっと元恋人のことをフッていなかったら、今頃結婚していたんだろうか。もしかしたら、子どももいたかもしれない。そんなことを考えたってしょうがないことはわかっているけれど、どうしてもタラレバの妄想をしてしまう。
元恋人に会って、結婚おめでとうと伝えたい。昔はうちらも若かったよね、なんて思い出話に花を咲かせたい。そう思ったって、今さらそんなことを言える立場ではないし、もう元恋人は新しい家族を作ろうとしている。 先を越されてしまった。自分からフッた元恋人なのに、向こうの方が先に幸せになるなんて、まったくもって自分が滑稽に見える。
元恋人のあとも数人と付き合い、それなりの経験をしてきたけれど、どうしても元恋人と経験した、たくさんの「はじめて」が頭から消えない。はじめて手をつなぐとき、緊張して手汗がすごくて気まずかったこと。彼の部屋のベッドの上ではじめてキスするとき、お互い恥ずかしすぎて顔を近づけただけで何度も爆笑してしまったこと。夜、近所の公園でのデートで蚊に刺されながら何時間も過ごしたこと。
元恋人は奥さんとの結婚を決意して新しい未来を歩んでいくというのに、自分だけが何も成長していないように感じる。結婚という未来はもちろん、今の仕事を続けていいのか、将来どんな風に過ごしたいのか、何もかもが漠然のままで、ふとした瞬間に不安に襲われる。そしてそんな夜にスマホを触り、未だに昔の記憶をたどっている自分が、本当に気持ち悪い。しまいには、ふたりでよく聞いていたコブクロの「君色」を流して感傷にひたったりしている。
27歳独身。SNSを開けば、毎日のように結婚報告や子どもの写真がタイムラインに並ぶ。なんとも言えない気持ちになるとき、聞きたくなるのがクラス中の女の子から大人気だったモーニング娘。の曲だ。「ハッピーサマーウェディング」は、当時小学生だった自分に初めて”幸せな結婚”を意識させた曲でもあり、「釣り好きの人はいい人なんだ!」と本気で信じた時もあった。自分にもいつか、そんな幸せな瞬間がくるのだろうか。今はひとり部屋で曲を聞いて、お祝いされている気分に浸って現実逃避することにしよう。
ペンネーム:阿部サキソフォン
新潟生まれ、横浜在住のフリーライター。名前の由来は学生時代、ジャズ研に所属してサックスを演奏していたことから。旅といちごとお酒が大好きで、生粋の方向音痴ながらふらふらと旅をしています。