人も物も綺麗なものが好きだった。自分が美しくないことへのコンプレックス。それ故、私は美しい男の人に「疑似恋愛」をしていた。「疑似恋愛」なんてものは自分の気持ちに対する皮肉だった。私が持っていないものを全て持っている対象へのきらきらとした思慕の気持ちではなく、あの人に感じていたのは、憎さにも似ている羨望と劣等感だったからだ。だから私はこれを「恋愛」と言うことに違和感を持っていた。本当に好きになったら終わる身体だけの結びつきだった。
彼のことを、どうしても知りたくなった
彼と出会ったのは偶然。本当にひょんなことから知り合いになって、連絡先を交換した。とても忙しそうなひとで、自分から連絡することはなかった。
たまたま彼とお酒を飲みに行くことになった。私は男の人が苦手だったので、プライベートで男の人に会うことはかなり珍しかった。
彼には不思議な魅力があった。見た目の美しさもあるが、年齢よりずっと純粋で素直な男の子みたいだった。嘘をつくのが嫌いで、媚びたりせず、私を女扱いしないところがとても居心地が良かった。
彼に最初に触れたのは私だった。
性欲とは別の意味で触れたくなった。どうしても知りたくなった。異性だからというだけじゃなくて、人間としてとても魅力的だった。彼は仕事に対して並々ならぬ拘りと、夢に対する揺るがない意思の強さを持っていた。その純粋なストイックさがまるで子供のようだった。自分ですらも忘れかけていた「好きなものに対する真っ直ぐな執着心」を感じるたび人間として惹かれた。そして始まった「疑似恋愛」。何度か連絡をして会って行く中で、お互い利害関係は一致しているし何の問題もないなと思っていた。
はじめて私を知ってほしいという欲が生まれた
私は私のことがとても嫌いだった。
容姿も性格も重い持病があるという境遇も、全てが嫌いだった。コンプレックスがないところがまるで見当たらない。だから、恋愛もうまくできなかった。相手からの好意が気持ち悪いと思ってしまうことがある。「私"なんか"を好きというこの人を好きになれるのかな?」「自分ですら好きなところがないのに、私のどこが好きなのかな?」とずっと思ってきた。好意より嫌悪を向けられる方が納得できるのかもしれない。拗らせているといえばそれまでだけど、ずっと自分にとっては深刻な問題だった。
彼と会う中で、私の中ではむくむくと彼を知りたいという欲が育っていた。そして一番考えないようにしていた、私を知ってほしいという欲が生まれた。戸惑った。そんな感情は今まで知らなかったから。誰も私を知らなくて良いと思って生きてきたのに、初めて誰かに知ってほしいと思った。好きだからとかではなくて、ただ知ってほしかった。
私の好きな映画とか、いつも聴いている音楽とか、実は歌を歌っていることとか、どんな些細なことでもいい。一つだけでも知ってほしかった。
彼との疑似恋愛を終わらせようと思ったのは、彼が体調を崩していた時。私は「体調は大丈夫ですか?」という連絡を入れるのに数時間悩んだ。私はどの立場で彼を心配しているんだろうな、と。小さな違和感だった。彼を心配してもいいのかな、連絡してもいいのかな、そんな思いが巡って、忽ち全身が毒だらけになった。
数日経って「もう会いたいと言わないし、連絡もしません」と告げた。そしてこの疑似恋愛はとても簡単に終わった。
全部初めての感情で扱いきれなかった
彼はどこまでも容姿が美しくて、私が生まれながらにして手にできなかった「美しさ」というものを持っていた。彼に触れたらそのコンプレックスが埋まる気がしていた。きっと羨ましかったんだと思う。ずっと欲しくて堪らなかったんだと思う。私は不器用で自分勝手で、生きることも、人を愛することもうまくできない。これからしばらくは、うまく泣くこともできないだろう。
いつ会えるか分からなかったので、毎日化粧品を沢山鞄に詰めていた。夜になるとスマホに彼の名前が浮かぶ瞬間を待っていた。面倒くさいことを言わないように、本当に言いたいことは口から溢れないように殺していた。どこかで救われると思っていた。全部初めての感情で扱いきれなかった。
私へ。殺してしまった感情も言葉も、何も悪くないのに殺してしまってごめんね。あの人の気持ちを測ることが出来なくて不安だったから、あなたたちをいなかったことにすることで自分を安心させていました。一瞬でも私が私を愛してあげることができたなら、肉体の繋がりの他に生まれた気持ちを素直に認められたのかなと思います。
そして、あの人へ。伝えたけれど、早く体調が良くなりますように。そして、夜中に起きずにゆっくり眠れますように。私にはまるで興味もないだろうから、忘れていると思うけど「眠れるようになるといいね」は、あなたが初めての朝に言ってくれた言葉です。
ありがとう。
ペンネーム:釜
1995年生まれ。映画観賞、歌、観劇、美容が趣味。美しいものについて常に考え続けています。
Twitter:@qolko