「とりあえずしんどいから金髪にしてくる」

彼はLINEすらやっていなくて、この最後のメッセージも、私からメールで送った。

数日返事を返さないのはお互い様であった私たち。

あれから1ヶ月半以上が経った今日。そう、あっという間に私の誕生日。彼からの応答はない。

私の独り善がりな奇行だけど

その現実を見つめるのは、お世辞にも「綺麗な色をしているね」などと褒められることはない、ド金髪姿の私だ。3次元ではあまり出くわすことのない、黄色味の強い、トリートメントすることを美容師さんにうっかりと忘れられてしまった、NOTオシャレな金髪。

そんなメールを送って有言実行したところで、私たちはもう、終わったらしい。この髪色を見てもらう機会はない。
ふいに突拍子もない行動で彼を驚かし、ときに困らせ、ときに笑顔を取り戻した行為も、今では何の意味もない。私の独り善がりな奇行に過ぎない。

「落ちた」と思ったのは私だけではなかった

5年前、転職先で初めて出会ったひと。面接官(であり、直属の上司)が彼だった。

私より15歳年上のひと。

都内の企業。そのオフィスの一角で出会いながらも、彼が私の履歴書に目を落とすと、同県人であること・私が2日前に誕生日を迎えたばかりの者であること、などが判明。なぜか初めて会ったとは思えないほど話しやすいということもあり、面接中のトークに難はなかった。

そして一通り話し終え、いざ、ライティングテストの時間がやってきた。「入職できるかどうか」ライターとして、力の見せ所。よりキリッとした表情に切り替えた私は、ブリーチなんぞしたことのない、比較的ツヤのある黒髪を耳にかけ、それに黙々と臨んだ。

……絶対に落ちた。

彼からは「30行ほどの文章を書いてください」とでも指示があったはずなのに、私は「はい!」と元気な返事をしながらも、真剣に「30文字」でその課題を仕上げたのだ。

どうしていつも勘違いをして、ヒトリで突っ走ってしまうのだろう。そう悩み落ち込み、焦りを隠せていなかった23歳の私に、彼は「もう一度、やってみますか?」と聞く。

私は採用試験に「落ちた」と思っていた。彼は、一目惚れという名の「恋」に落ちていた。なんとかしてこの子を受からせなければと、頭を捻っていたというのだから、驚きだ。

そんなことはつゆ知らず、感謝し再び時間をもらい、晴れて新入社員となった私。その2ヶ月後には、彼の「彼女」になっていたのだから、人生何があるか分からない。

本物のパートナーに出会ったと思った

彼は魅力的だった。個人・チーム、どちらへのフォローも上手く、それでいてフランクで偉ぶる様子もない。必要以上に口は出さない、けれど部下が困ったときにはスーパーマンのように飛んでくる。恋のライバルも少なくはない、人気の上司。

相変わらず毎日何かやらかす私も、もちろん救ってもらう対象の一人だった。
ランチ後にココアを飲んだことを忘れ、うがいをしたところ、茶色いたんが口から出た。「器官から濁った血が…きっと病に違いない、病院に行かなくては」、そう焦り、上司(彼)の席へと相談に走ったが「お昼は何を食べたんだい?何か色の濃いものを飲んだかい?」と気を利かせて尋ねてくれた。助かった。もちろん、それ以外、仕事に関しても一貫してフォローしてくれ、そのおかげでめきめきと成長できた。

仕事が慌ただしいなか、二人で、二人だけの大切な時間も育んだ。誕生日も欠かさず祝ってくれていた、温かかった。彼の優しさ・強さ・愛らしさからは、ひととして学ぶことも多かった。「これ以上のひとはいない」と、熱して思うのではなく、日常のなかでふと冷静に悟った。本物のパートナーに出会ってしまったのだな、と。

別れの瞬間に思い出す、出会いの瞬間

静かに、けれど着実に訪れた別れの瞬間には、こうした出会いの瞬間を思い出すようだ。それだけに留まらず、相手の人柄や、相手からもらった愛についても振り返るみたいだ。

別れた理由は、将来のビジョンの違い。
実は、自他共に認める「家庭を持つことへの願望ゼロ」な彼。(私がその事実を知ったのは、交際3年目だったけれど…苦笑)

そして、まだ結婚したいのか・子どもが欲しいのかなど明確ではないものの、彼からそれらに対する可能性が「ゼロ」と、あらためて突きつけられてしまうと、私は虚しさを感じてしまった。

もし、私の考えが「(結婚)したい・(子ども)ほしい」に転んだ場合でも、彼とはその未来を歩むことはきっとできない、という現実。

生い立ちや、一人の男性として生きてきた中で確立された、彼個人の「独りがベスト」という考え。いろいろ背負っているものも大きいと思う。しかしながら、このまま隣にいたらその考え、否定してしまう日も近いかもしれない。それだけは避けたい。人ひとりの考えを、自分のエゴで汚したいとは思わない。

彼以外の他のひととの未来も、今は出会ってもいないし想像がつかない。だから、互いに「特別なひと」としていられるのであれば、今が幸せならば、それだけで十分。彼もシンプルなパートナー関係を望んでいる!……そう自分に言い聞かせた時期もあったけれど、言い聞かせている時点で、私は「私」を我慢してしまっている。それは窮屈だった。

良くも悪くも、今後関係性に100%変化がない。それを安定と言うひともいるかもしれないが、まだ自立心が未熟な私は、相手から歩み寄ってくれることを秘かに待ち続けた結果、「今のままでいい」や「今のままがいい」の境地には辿り着かなかった。結局のところ、何の保証も期待もない二人の関係性に、私は怖気付いてしまったのだ。

こうして、互いに互いを手放す運びとなった。
私たちの5年間は、この霜月にて【完】とする。
それでもなお「出会えて良かった」の一言である。

私は今、すでに会社を退職し、独立の夢へと走る。そして彼があまり好まない容姿の1つ、金髪で、「独りでやっていくぜ」宣言をここに。