「就職決まったんだ。おめでとう」

20歳の時、ピンクの花束と共に彼から祝福の言葉を受け取った。
短大を出て、決まったのは地元の小さな民間会社。誰もが知る有名な企業というわけではなく、正社員でもなかったが、静かで落ち着いた雰囲気の会社で働けることを、心の底から楽しみにしていた。

「花束、ありがとう。大事に部屋に飾っておくね」

満面の笑みを浮かべて私は言った。
気遣いのできる素敵な人が彼氏であること、内定という大きな目標を達成したこと、そのすべてが誇らしかった。

「あのさ……ひとつ確認しておきたいんだけど、俺のことアテにしてないよね?
今はフリーターだけど、いずれは安定した職に就いてる俺と結婚するから、フリーターのままでも良いや、なんて思ってない?」

「それは……」

彼が言ったことは、すべて図星だった。

「いずれは彼と結婚するからいいや」

私が一社しか内定をもらえなかったのは、真面目に就活していないことが原因だった。面接では適当な受け答えをして、どこからも採用を断られた。
希望する正社員にはなれなかったが、「いずれは彼氏と結婚するからいいや」と、気楽に考えていた。

「フリーターっていうのも、今の時代はアリだと思う。だけど、イザとなれば俺と結婚……なんて安易な考えは捨てて欲しい」

その言葉に、これまでの自分の言動と行動を振り返った。
安定した職に就いている彼がいるから、フリーターでいいやと安易に思っていた自分。それから何ひとつ努力しなかった自分。将来のことを、何も考えていなかった自分。
彼はいつも優しくて、不真面目に就活をしていた時も、笑って私の話を聞いてくれた。
このままずっと一緒にいたら、彼に甘えてしまうかもしれない。
そんな強い不安に駆られ、気付けばこんな言葉を口にしていた。

「すみません、私と別れてください」

「え?なんで?別れようなんて、俺、ひと言も言ってないよ?」

彼は目を丸くしてそう言った。アテにしないでと言っただけなのに、突然別れ話をされたのだから、当然の反応だ。

「あなたは優しいから、私はきっとあなたをアテにしてしまう。だからごめんなさい、私と別れてください」

ハッキリとそう言って、彼のもとから立ち去った。
嫌いになって別れたわけじゃない。彼への想いが、完全になくなったわけじゃない。だけど、私とあなた。そして、あなたと私。
二人のこれからの未来のために、私は彼にサヨナラを告げた。

ひとりで生きていける女性になる

もう少し就活をやってみようと思い立ち、大手民間の福利厚生が整っていて昇進が期待できそうな企業から内定をもらった。
そして、幼い頃から続けていた文章の勉強を、いっそう頑張るようになった。

文芸コンクールのエッセイや小説に応募したり、キャッチコピーを考えてみたり。「彼をアテにせず、ひとりで生きていける女性になるために」その日から、コツコツと努力を積み重ねた。その努力の甲斐あってか、少しずつだが文章でお金がもらえるようになった。

別れと聞くと、悲しい、寂しい、辛いなどのマイナスなイメージがある。
しかし、愛する人との別れが、素晴らしい女性へ成長するためのきっかけとなることも。
いつも彼は優しい。だけど、このままの自分が嫌……。いま振り返ると、そう思ったその瞬間が、別れの時だったのかもしれない。