初めての失恋に、一発ノックアウトされた高校生の私は、体重が36kgになった。食欲が、まったくわかなかったからだ。「食べたい」欲求が脳裏をかすめもしない。それどころか、食べると気持ちが悪くなった。一方で、やたらに喉が乾く。茫漠と500mlの紙パックに入ったジュースを、一日かけてチューチュー飲んだ。

保健室の先生は、えらく心配してくれた。勧められるがまま、内科に行った。「原因はストレスだ」といわれ薬を処方されたが、大げさなのではないかと思った。冷静に考えれば、食べられないことは重症だ。けれど「そうは言っても、毎日、自転車を30分こいで、学校に行くくらいには元気だしなぁ」と思っていた。

実際には、たしかに自転車はこげていた。しかし、水泳の授業は受けられなかった。夏なのに、少し水に浸かっただけで、唇は紫色。おまけに震えがとまらないのである。

それにもかかわらず、ある種の楽観主義をもって、一時的な胃腸の不具合だと片付けようとしていた。なので、医者に「こういう時って消化にいいものとかを食べたほうがいいんですかね?」ときいてみた。すると「そういうのは関係ないよ。好きなものを食べなさい」と言われた。その言葉を真に受けて、それからは、毎日、学校近くの100円ローソンに売っていた「スイートブール」なるパンを食べて過ごした。パンコーナーに陳列されている商品の中で、一番大きかったからだ。これを食べていれば大丈夫だと思えた。

各方面に気力、体力の衰えを指摘された。それでも、当人は、まったくその自覚をもてなかった。現状を自分事として捉えることができなかった。

転機は浮き上がったあばら骨、小さくなった胸、鎖骨のくぼみ

しかし、1ケ月が経った頃、転機は突然やってきた。その日、いつものように風呂に入った。風呂場には、全身を映せる鏡がある。もちろん、それまでも毎日、鏡に映る自分の体は見ていた。風呂場の構造上、不可避なのだ。けれど、その日に限っては、鏡を二度見してしまった。映し出された光景が、にわかには信じられなかったからだ。くっきり浮き出したあばら骨、一回りも二回りも小さくなってしまった胸、鎖骨のくぼみは深く、陰影がある。そこにあったのは、自分の見知った体ではなかった。このままではまずいと強く強く思った。風呂からあがってすぐ、「一刻も早く立ち去らなければ」と休部届を書くべく筆をとった。猶予なんて少しも残されていないように思われた。

次の日、部活の顧問に休部届を出した。付き合っていたのは、部活の先輩。おまけに彼の新しい相手は、私の後輩だったからだ。後輩は、私たちの関係を知らなかった。だから、休部をしても、悟られることは何もなかった。けれど、プライドが許さなかった。ふられた時、その後の展開をありありと思い描き、そして、選ばれた女の子に途方もない劣等感をおぼえた。敗北に打ちひしがれたのだ。その上、休部だなんて、しっぽを巻いて逃げるようで、とてもできなかった。

休部の効果は、絶大で、1週間で元の体重に戻った。

カパカパのブラジャー。取り戻した、のんきな日常

それまで、逃げないことが、立派だと考えていた。逃げることは、弱い人のすることだと思っていたのだ。何と言っても、それは、いつでもできることだと信じていた。けれど、実際は、袋小路に入ってしまうことがある。体が、心が、発しているメッセージを捻じ曲げて、都合よく解釈してしまうことがある。

体重が戻ってからも、不思議なことに、胸のサイズはしばらく戻らなかった。カパカパのブラジャーをつける時、おなかの肉が胸につけばいいのになぁ、と思った。そして、そんなばかばかしいほど呑気な日常が、愛おしく感ぜられるのだった。

ペンネーム:岩崎すいか

一介の会社員。都内在住。好きな食べ物は、トムヤムクン。
三日坊主になった腹筋ローラーを眺め、眠りにつく毎日。そんな二十代も後半戦。