「もう俺の人生に関わらないで」
熱を持ったスマホの先から聴き慣れた声で私の鼓膜を響かせたこの言葉。1時間42分の通話時間を、いや、この3年間を締めくくるには唐突過ぎ且つ衝撃的過ぎな言葉に、私のつま先の熱は引いていくし、乾かしていない髪が余計にひんやりと感じた。
私の大恋愛があっけなく終わった瞬間だった。

3年前に別れた元彼。たった3ヶ月しか交際期間がない彼とは、別れた後も関係を断ち切ることは出来ず、子供から大人になる十代から二十代の多感な時期を一緒に過ごしつい最近まで関係を続けていた。

別れた当初、彼と会えば近情を話したり食事をしたりすることは前菜で、メインディッシュはセックスだった。
私たちは馬が合った。考えていることや感覚、好きな事は同じで何より話し出したら止まらないふたりであった。楽しいを共有できる相手であり、人には言えない悩みを話せる相手であった。話せば話すほど、時間を共にすればするほど、私は彼の弱く脆い部分を指摘できたし、受け入れられたのだ。それが3年続いた。

いつしか私たちのメインディッシュは時間を共有することになっていた。寝食を共にし、よく話し、食後のデザートくらいにセックスをした。

世間のいう"付き合う"に該当することは一通り経験した。電話をすれば2時間も3時間も朝まで話せたし、セックスをした次の日は朝ごはんを一緒に作り、休みの日は1日一緒に過ごしたし、旅行にいく計画も立てていた。

だが私たちは付き合っていない。
付き合うという選択肢は私たち、いや彼の中にはなかったからだ。

精神的なつながりがある、と思っていた

なんで???

世の中の"付き合っている"人たちと変わらないじゃん!むしろ、記念日がくるたび「いつもありがとう」とインスタに投稿をしたり、「帰りなくないよ~」と酔った勢いに任せて改札前で抱き合ったりしている"付き合っている人"たちよりずっと精神的な繋がりがあるじゃないか!と、思っていた。

そう、私たちには精神的な繋がりがあった。それはお互いに認め合えるものであった。3年近く続くともなれば、彼を愛することは冬の朝にある布団の中のような温かさで手放したくなくて、みんなのいう"付き合う"じゃなくても十分だった。
私の中での"付き合う"はこれだと思っていた。男女において精神的なつながりがあること以上の幸せはないのだ。他の人には見えないものを共有している感覚。だから付き合っていなくても私たちは特別だと思えた。

"付き合っている"のと変わらない。これが私たちのカタチだ。そういつも頭の中で繰り返していた。

「早く好きな人見つけなよ」という彼。「今探してる」と答える私。

いつもより二人が温度高めで過ごし、次会うのが待ち遠しくなっちゃうなぁというタイミングで、彼が私に投げかける言葉があった。
それは「早く好きな人見つけなよ?」である。高まった心の温度を一気に平熱まで下げてくる。ああ、そう言えばこの人は私の彼氏ではなく、私にほかの恋愛をする余地を与えてくる人なのだ。
その事実を突きつけられるたびに、私は「今探してるから安心して~」などと平気なふりをするが、内側は荒れに荒れる。彼と精神的な繋がりを持てる今の関係を保つにはそう言わなければならない。でもその言葉にヘラヘラ答え続けられるほど私は強く無かった。

私は彼との3年間が終わった日の電話で、こんな話をした。
「好きな人が出来たんだけど、彼女がいるみたいなんだよね」
この話は別にしなくても良かった。本当に好きなのは彼だから。
だが、今回この話をすることは私にとっての勝負だった。彼に引き留められず、今の関係が無くなるリスクを負ってでも次に進むための大一番。

けれど最終的にこの行動は、彼の「もう俺の人生に関わらないで」の言葉を引き出した。

別の相手との関係。「嫉妬させたかっただけだろう」という怒り

私の新しい恋愛の相談に彼はしっかりと向き合ってアドバイスをした。でも私は「そんなことしてないで俺といればいいじゃん」をいつまでも求めていた。なんならいつも通り「人のものに手出すくらい寂しいなら今から会おうか」と週に一度のその日をより熱くする前書きくらいの話題だったのはずだった。

でも中々その言葉は生まれず、切羽詰まった私は、気がつくとその相手と関係をもってしまったこと、その具体的な内容を話していた。

私が「いやあなたがだめなわけじゃないからね」と軽返事をした時、彼はぷつりとキレた。バレたのだ。私がこの話をしている所以が。

「結局俺が好きで嫉妬させたかっただけだろう。人が真剣にアドバイスしているのに。この時間は何だったんだよ」
見限る、という言葉が浮かぶような声であった。

嫉妬されたいなんて甘っちょろい考えじゃない。でも側から聞いてたらそうなのかもしれない。そしてこれは私が固執していたふたりの間にある精神的なつながりを冒涜する行為なのかもしれなかった。

私は彼の彼女に、何者かになりたかった

私は精神的な繋がりしかないと思っていた彼を、他者との肉体的な繋がりで嫉妬させようとしたのだ。

「もう俺の人生に関わらないで」
これは精神的な繋がりしかない彼との関係を"付き合ってる人"たちと同じように、肉体的な浮気でどうにかしようとした私の行動に「俺はそんなくだらないやつだと思っていなかった」と、放たれた言葉なのだ、と思う。彼にとって私は、私の思っている以上に身体や男女関係だけではない繋がりを感じる人間だったようだ。

私は彼の彼女に、何者かになりたかった。

精神的な繋がりをもつこと。それは誰かに承知された"付き合う"ができないが故に選択した道であった。
私が彼と付き合えないのは、単純に彼が私を愛していなかったからだ。私に対して「誰かに紹介したり、特別だと表すものをあげたり、お前にそういう幸せを与えたい気持ちが湧かない」と彼に言われたことがある。その無慈悲な言葉は長い月日を共にし心の奥の引き出しにしまっておくことで忘れていった。

証明しなくたって、友達に紹介できなくたって。精神的な繋がりさえあればいいんだ。私たちは他とは違うから。
それをただ言い聞かせていただけだった。
私たちのあいだに目に見えているもの、それは好きと言うLINEでも記念日のプレゼントでも、誰かにみせるツーショットでもなく、セックスだった。だから私はそれしか信じていなかったのだ。

あの頃の私は自分を傷つけないように、今の関係に折り合いをつけ、自分の頭に言い聞かせていた。けれど結局目に見えるものしか信じられないのだと思う。男女関係は契約じゃない。でも二人に通った目に見えないものだけを頼りに暮らしていくのは、思っている以上に過酷だ。

現在私には付き合っている、とみられる男性がいる。精神的な繋がりはたぶんあまりない。私はまだ、"付き合う"とはなんなのか答えは出せない。