今までの苦労とか苦悩とか挫折とか、全部この人に繋がる為の布石だったのだと思える程の。貴方を知らなかった頃の自分には到底戻れない程の、私は貴方の影響で成長してしまったと思える程の。恋でした。

元彼の「太ったら篠崎愛みたいになるんじゃない?」の言葉で太った。ら、捨てられた。なんたる理不尽。その後、デブでも可愛くてイイ女が着るブランドのワンピは入るんだなとか挑戦を試みながら、少しでも可愛く見苦しくなくと努力していたが、「いやまず痩せろ。話はそれからだ」、そう言ってきたのが「彼」だった。

バンドマンを好きになってしまった

「きっと周りの扱いは今とは劇的に変わるでしょう。やって損はない、痩せてみましょうよ。太らせておくのが勿体無い」

新手の口説き文句かとも思えるが、その彼は「彼氏にしてはいけない職業」と言われる3Bの一つであるバンドマンだった。彼は、20キロダイエット成功後、無事に緩やかにリバウンド中で、ライブ告知ツールとして交換したLINEでそう言われた。

そもそもアーティストとファン個人がLINE交換など、割と結構なかなか…ヤバイのだ。
「死んでない限りは返信しますので」
ダイエットが始まってすぐに友人と行った和歌山旅行の間も、LINEで雑談をして構ってくれていた。
「とれとれ市場で何故かわかめそばを食べました、マグロ丼食べられなかったです。」
「業が深いですねぇ」
適度な距離を保って交わされる丁寧語での少し不思議な空気感の文章達。こちらを軽んじていないその対応に、貴方を好きになってしまったのだよ。

そして始まった彼からのダイエット指導。毎日食べた物の写真とカロリー、そしてその日の体重の写真をLINEで報告する。ここまで面倒くさい個人ライザップ食事指導を0円でファンに行うバンドマンの心理とは?

A.気がある、B.遊んでる、C.真剣にダイエット監修してる。

私は永遠にこれが分からなかった。
鬱で挫けそうな時、優しい言葉ではなく叱咤激励をして「強い女になる」と誓わせた男。誰に言われるでもなく実行し続けている彼の哲学と美学は「己の弱みで他人を不快にさせない」。彼は愚痴をツイートすることすらしない人だった。

私は彼の伴走者には到底なれない

少し怖かった。彼は人生の休息ポイントが無い、全速力での長旅をしているのではないかと。彼の背中を追いかけて追いかけて、追いつきたいわけではなく、どこまでも私の前に走っていて欲しいと思えた背中だった。だからこそ、給水ポイントも無いし、沿道からの応援もないし、ゴールしたその先に貴方が心から休める場所はあるのか?と。

私は彼の伴走者には到底なれない、だから休息ポイントになりたいと思った。そのまま告白を累計3回した。BVLGARIのチョコを仕入れ「本命ですよ」と告げて渡しても、1粒1000円のチョコ3粒は30秒で食べられた。と思ったら、私にしか告知しない弾き語りセッションがあったことも。
バンドマンは思わせぶりが上手すぎた。

3回振られても、執着とは違う。1人で戦って1人で走っていく貴方に近づいてみたいと、私もそうなってみたいと思った。

素敵な初恋じみた片想いが出来て楽しかったよ

結局は近付けず、私の失言のせいで関係性は壊れ、「今までありがとうございました。申し訳ないのでLINEはブロックして頂いても構いません。でも、ずっとファンでいます」とLINEを送った。彼のTwitterのDMでは「怒ってないので、またライブ来てくださいね」とのこと。どこまでも、とことんギルティで、その丁寧語が崩れないところが愛おしかった。

「ナイス根性でした。」
目標体重をクリア出来ないまま、私の体調不良でドクターストップがかかった時、あっさりとこの2人だけの秘めたダイエット監修は終わった。
その時、私は21.5キロのダイエットに成功していた。

そして、今は私は疎遠気味のファンという定位置に収まっている。でも、アラサーの貴重な2年、素敵な初恋じみた片想いが出来て楽しかったよ。

私は私の幸せを、必死に血を吐き地を這い探してるよ。貴方は貴方の幸せを掴むまで、そこのステージで微動だにせずに超絶技巧を弾き切って歌ってみせてよ。

「涙で寄ってくる男は必ず貴方を傷付けるでしょう。そんな男になびかないことです。」
「もうなびかないです。」
「その域です。」
「字が違います笑」
「恥ずかしい…。」

知らない扉の向こうまで連れてってくれてありがとう。私はこの恋を優しく優しく、手放しました。