かがみよかがみを読んでいると自分の事をブスだと思っている人や、ブスだと言われ続けてきたという人がこんなにもいることを知って驚いた。

幸か不幸か、私は面と向かって他人にブスと言われる経験をしたことがない。(自分の知らないところは言われていたのかもしれないけれど)
母親に至っては昔からずーっと飽きることなく私の事を「可愛い!」と褒めてくれる。有難いことだ。これが当たり前だと思っていた私は本当に恵まれている。

もちろん、私だって母親の言葉をずっと信じていたわけではない。中学・高校の頃は彼氏ができないのは自分が不細工だからだと思っていたし、自分はクラスの中でもかわいくない方だと思っていた。

自分で自分を可愛いと思っている

さて今はどうかと言われると、他人がどう思うかは別として、少なくとも自分では自分の事を可愛いと思っている。プリンセスに例えるならばジャスミンかモアナレベルとか思っている。日焼けした肌に丸くて大きめの黒い瞳のせいか東南アジア系のハーフによく間違われるが、それは私にとって最大の褒め言葉だ。

会社で可愛い後輩が入社してきた時も「新人の子、可愛いな~Karenライバル出現だな~」とおじさまが言えば「可愛いですね~でも全然私と違う路線の可愛さなので問題なしです!」なんて答える余裕がある。
それくらいに自分の事は万人受けする可愛さではなくても可愛いと思っており、自己肯定感はかなり高い。

この自己肯定感の高さにはよく驚かれるが、これはアメリカでの生活で培った賜物だ。
人種のるつぼと言われるニューヨークで生活した私は「可愛い」はその人の基準で大きく左右するものだと知った。

だから私は例え誰かに「不細工だな」と言われても、「この人は私みたいな顔を不細工と認定するんだな~私はこの人の好みの顔ではなかったんだな~」と思えるようになったし、周りから「可愛いね!」と褒めてもらえなくても鏡に見る自分を見て「自分可愛いやん」って言うことを覚えたのだ。

スマホの待ち受けが自分のピン写真

今年になって、仲のいい友人に指摘されて知ったことがある。
スマホの待ち受け画像を自分のピンの写真にしている人は珍しいということを。

私の現在の待ち受け画はポルトガル旅行に行った際にお姉ちゃんにとってもらった私が一人で写っている写真だ。ピンクの花と黄色の壁、赤いバンダナを巻いてサングラスをつけて笑っている自分をスマホで見るたびにみて「可愛い~」となっている。

が、これは、はたから見ると異様な光景のようだ。

私と同じく自己肯定感たっぷりの友人(アメリカ留学経験がある)の待ち受けを見せてもらうと、やはり彼女も自分のピンの写真を待ち受けにしていた。そしてその彼女もそれが珍しいとは思っていなかったのだ。

日本ではこれが結構珍しいことらしいと伝えたところ、彼女は複数の友人に聞いてみたらしい。
やはり多かったのは風景の写真・ペットの写真・子供の写真。一部、自分の後ろ姿や友達と写っている写真の人もいたとのことだ。案の定、自分ひとりが写っている写真にしている人はいなかった。

ひとりの写真の待ち受けは、自己肯定感の高さの有無を確認する一つの指標なのかもしれない。個人的に今年の大きな発見だ。

最近インスタに自分の自撮りをアップする人が増えてきたが、これも自分の事を可愛いと思う人たちが増えてきたということだろうか。願わくば、盛れるアプリを使っていない自撮りをあげる人たちが増えてほしいなとか思っている。

私はこれからも変わらず自分の写真を待ち受けにするだろう。
それは自分が自分の事を可愛いと認めてあげる方法の一つだからだ。
あなたにも自分の事を可愛いと褒めてあげる手段はありますか?