人に語る物語がない。作文はスラスラと書けるのに、履歴書になるとグッと手がとまってしまう。事実と成功だけが求められる世界は、大いにわたしを苦しめた。

就活の自己アピールは、自分自慢大会だよな。大学の説明会で、頬杖を付きながら半ば投げやりに考えた。売り込みは激しく苦手な分野だ。そして売り文句もない。
よし、とりあえず準備は入念にしよう。わたしは「型」から入った。SPIやらエントリーシート講座やら秘書検定やら車の免許やら…。とりあえずの必要なもの集め。その間は中身のことは考えない。型があれば、中身が柔らかくてもそれっぽいし!

適当なレシピを見ながら始めるお菓子作りみたく、向こう見ずな就活がスタートした。

単位も落とさず真面目に生活、だからなんとかなる

それでも、最初はどこか楽観的だった。というのも、真面目に生きてきたからである。
親の言うとおりに道を踏み外すことなく生きてきた。大学受験で失敗したけど、論文はゼミの中で一番評価されているし、単位も落としていない。放課後はバイトをしてたまにサークルに顔を出して(ほとんど幽霊だった)、貯金は生活費に使う。真面目だ。だからどうにかなる。漠然と、そう信じていた。

しかし現実は非情だった。学業ならある程度の努力に応えてくれるけれど、会社はちがうんだな。就活は恋愛と同じだと聞くが、こちらとしてはそれでは済まない。どこにも採用されなかったら困る!

しかしながら、興味のないことはやりたくない。我儘だろうか?否、その気持ちはおそらく面接官にも筒抜けだろう。無駄な時間は省きたい。そもそもお金がないから、そう何回も説明会に行けないのだ。
やりたいことはひとつだった。文字に携わること。出版社じゃなくていい。入れるとも思っていない。説明書を作る会社でも企業の広報でも教育業界でもいい。とりあえず、文字。

感情が高ぶると出る涙 情緒不安定とみなされて

そんな思いで当たった企業は人より圧倒的に少ない30社程度。そしてボロ負けした。
というのも、ここにきて自分の弱点が明るみに出たのである。どうやらわたしは極度の泣き虫で、感情が高ぶると涙が出てしまうのだ…。これが厄介だった。情緒不安定な人間だとみなされるのだ(まぁそうだと思う)。
しかし学校では「涙は熱意だ!」と肯定される。おかしいぞ。落ちた理由は涙ではないということなのだろうか?わからない…。

そんなこんなの大学後半期、わたしは荒れていたし、余裕もなく、両親とは毎日喧嘩をしていた。平凡で何が悪い!そもそも社会がいけないんだ!と、周りのせいにして、さっさと就活を終えた友人たちからの誘いは断った。誰かの成功体験は、わたしにとっては毒だったのだ。本ばかり読んでいた。

それでも友だちは友だちのままで居てくれた。バイト先では誕生日をホールケーキでお祝いしてもらった。周囲は優しいままだった(あの頃はそれに気づく余裕もなかったが)。
立て続けの敗戦で疲れても、少し休めば勉強会やOB訪問に挑戦できた。新しい世界で出会う人たちの話はすべからく刺激的で、絶望と夢が混濁する水の中でがむしゃらに泳ぐみたいに生きた。

絆創膏まみれの足 挫折ばっかりだったけれど

思い返すと冬の記憶が多い。
しんしんと雪の降る日、スーツのスカートに入り込む寒気に震えながら、踏切のライトは何故オレンジなのだろうとぼんやり考えた。合同説明会とアイドルのイベントが重なってひどい混雑の中、たった3センチのヒールで靴ずれして絆創膏まみれになった。予定をキャンセルしてシネマ座に行くも、寒さで悴んで、映画のタイトルを噛んだ。

ようやく進んだ最終面接では美女とかち合い、これは負けた…と思った。せめてと、明るさを装って相手に話しかけた。本番ではやっぱり泣いて、お祈りの手紙をもらった。その手紙はビリビリに破いて捨てた。

読み返しても挫折しかないのだが、ここでびっくり、現在のわたしはあの頃まさかと夢見た世界にいる。お祈りの手紙でわたしを絶望せしめた会社の人事部長が、あの子を落とすのは勿体ないと言ってくれたらしい。最終面接の美女とも再会し、友人になった。声をかけたのを覚えてくれていた。
そしてそこから本当に夢見ていた世界へと転職した。新卒から5年、まるでよくできた寓話のようだと思った。周りからすると遠回りかもしれないけれど。

文字通りの紆余曲折。でも新しい世界がゴールなわけじゃない。ステージが1段階あがれば、そこにはまた別の苦しみが待っている。誰かと自分を比べて落ち込むし、仕事を辞めて結婚した友人は自分より幸せに見えて羨ましい。わたしはわたしだ!と頑張っていても、不意の一言に自信をなくす。誰に何を言われても自分が一番駄目な気がしてしまう卑屈さは、簡単には治らないものだ。就活生時代とまるで変わらない。

それでも周りからは楽しそうに見えるらしい。多分みんなそんなものなのだろう。毎日笑っている人も暗いものを抱えているし、暗そうに見える子が実はコミケでスーパースターかもしれない。わたしはあんまり頑張れないタイプだが、思い返せば少しずつ前進している。勝ってないけど負けてもないな。生きてるだけでも偉いよ自分。
忌々しい黒のリクルートスーツは綺麗に整えて妹にあげた。過去もそうやって、大事にしたいものだと思う。今のところ、思う、だけだが。