――あなたが会社を選ぶときに重視していることを教えてください。
「はい。『人々の生活にとって不可欠な仕事であること』です。」

“就活の軸”に従って、私は建設業界を志望した。昔業界にいた祖父が、携わった建物について誇らしげに語るのを見て、そういうのいいなあと思ったからだ。どうせ働くなら、一生で一つくらいそんなシンボルがあっていい。何より、なんかかっこいい。こんな内容をラッピングして送ったら、ESはだいたい通った。
誤算だったのは、建設業界は総じて選考スケジュールが早かったことだ。2019年で言えばGW前までに粗方の決着がつく。面接経験の足りない人間が受かるほど就活は甘くなく、1社を残して他は、すべて1次面接で連絡が途絶えた。

スタートライン手前の障害物を、私は越えることができなかった

なんとか1社だけ漕ぎ着けた最終面接。時間は20分間。前の学生が出てきたら3回ノックをして入室し、失礼しますと一礼、シティービューの大窓を背にして席に着く。面接官2人対私1人。挨拶もそこそこに、向かって右の社員から質問が始まった。

――では、まずは当社を志望した動機から教えてください。

「はい。まず建設業界を志望した理由ですが……」
 ESの内容+αできっちり用意してきた。抜かりない。
「中でも御社は業界で唯一……」
 大丈夫。次。

――職場、男ばっかだけど大丈夫?

今度は左の年次高めの社員から飛んできた、想定内の質問。1次面接でも聞かれたし、他でも何度も答えてきた。
「はい。警備員のアルバイトをしていて、そのような状況で働くことには慣れています」

――へえ……。この前も現場配属になった女性がきついって辞めちゃってさ、そこんとこどう?

「耐える覚悟でいます。現場で怒鳴られた経験もありますが、辞めずに乗り越えてきました」
根拠として足りているとは思うけど。

――うーん、そっか……。ずっと女子校だったの?

「はい。大学で初めて共学に行きました」
何が聞きたいのかわからない。

――やっぱり全然違うよね?こういう会社だとさ……

届かない。

どんな人間なのか。今まで何をしてきたのか。何に喜び何のために頑張るのか。それらを伝えられて初めて、内定を争う土俵に立てる。少なくとも私はそう思っていた。
しかし、そんな話にはならないまま20分間が過ぎて、

――では、これで面談を終わります。お帰りの際は……

スタートライン手前の障害物を、私は越えることができなかった。

「関係ないよ。仕事をするのは人と人だから」

GWが明けてから、私は新しい志望業界を探し始めた。就活解禁から2か月が経過し、戦況は既に後半戦。志望先を広げすぎると業界研究が間に合わない。必然的に、近しい業界で似たような社員構成の企業を、いくつも受けることになる。

――聞いてると思うけど、男の方が圧倒的に多いんだよね。不安とかないの?
――本当はあんまり聞いちゃいけないんだけど、結婚する予定、ある?

判を押したようだった。
そんなに心配されることなのか。大丈夫だというのは私の思い込みなのか。どう答えれば納得させられるのか。社員との座談会があれば必ず女性のブースを探して話を聞くようになった。

女子学生が育休と職場環境の話を聞き、男子学生がやりがいと目標の話を聞く。座談会では自然とそうなる。3月には自分がそんな質問をするようになるとは思っていなかったし、絶対に嫌だとすら思っていた。でももうなりふり構っていられない。なぜならスタートラインがあまりにも遠いことに気づいたから。

「関係ないよ。仕事をするのは人と人だから」
そう言ってあっけらかんと笑う大学OGのいる会社と握手を交わし、私の就職活動は終了した。夜はまだ冷え込む5月の終わりだった。

「職場、男ばっかだけど大丈夫?」の答えはまだ出せないまま

内定式を終えた今でも、この決断が正しかったのかわからずにいる。
昔からある典型的な日系企業。受付には揃いの制服を着た女性たち。同期の男女比は4対1。それでも先輩社員の言葉に背中を支えられて、自分の意志で入社を決めた。

「職場、男ばっかだけど大丈夫?」
答えはまだ出せないままだ。この先何年も、あるいは何らかの理由で仕事をやめるまで、もしかしたら一生答えなど出ないのかもしれない。
まずは1年後、この文章を笑い飛ばせる自分であってほしいと、今はそう思っている。