彼と私はただの飲み友だちだった。瞳をじっと真っすぐ見つめられ、下の名前を呼び捨てで呼ばれるまでは。酔いの回った熱い瞳に溶かされ、私は一瞬にして恋に落ちた。

飲み友だちという特権をフル活用し、2人きりで飲みに行ったり、デートも行ってみたり、言ってしまうと一夜を過ごしてみたりした。これはどう考えてもOKでしょうと告白をしたが、答えはNOだった。

は?

まあ彼には「OK」と言えない理由が(当時は)あったのだけど、これは私と彼だけの秘密なのでここには書かない。

満足していたつもりだったけど…不満が徐々に表層化

フラれて終わってハイサヨナラオワカレ、になるのかと思っていたが、その後も飲みに行ったり、デートに行ったり、何も変わらなかった。時々ふざけながら「付き合わないの?」と聞いてみて「いいよ」と答えてもらえるのを待つ日々。割と満足していたつもりだったけれど、私の不安や不満は徐々に表層化してくる。

いずれ付き合えるんじゃないかというささやかな希望と、ありえないよと囁く悪魔。
アラサーに近づく私と、変わらない関係性。
苛立つ私と、冷淡になっていく彼の態度。

仕事のことでもよく対立し、ぶつかりあっていた。「それはあんたが悪い」「お前ももっとこうすればいいじゃん」仕事のスタンスだけは本当に合わないようで、仕事の話で何度お互いをズタズタにしたことか。
仲良くなったり、険悪になったりを繰り返しながら、私たちは3年の月日を過ごしていた。

傷つけあう関係性に、本当に疲れてしまった

ある夏の夜だった。その日もやはり仕事のことでぶつかり合ってしまった。やり取りの中で彼に「レベルが低すぎる」と言われたことだけは覚えている。その言葉でプツンと何かが切れ、全身の力が抜けてしまった。いつもは反論していたけれど、もうダメだと語る気力を失った。本当に本当に疲れてしまった。傷つけあってしまう関係性に、未来の見えない関係性に、なにもかもに。

帰路につきながらいろんなことを思い返していた。これまでの3年間のこと。見えない未来のこと。ぐちゃぐちゃになった頭の中で「もう好きでいるの、やめる」とぽつりとつぶやいたときだった。

夜風に吹かれ、身体から何かがふわりと飛んでいった。身体に纏っていた分厚い衣服を一枚脱ぎ捨てたかのような感覚。身体がほんの少しだけ軽くなり、ひんやりとした風が肌を撫ぜた。ああ、これが本当の別れか。この瞬間、本当に私は彼と決別したのだ。そして、この時、初めて泣いた。彼に何度もフラれているし、あの時は平気だったのに、その瞬間初めて涙が出た。

自分と一体化していた感情を手放した。そこに残るのは「大好きだった」という色褪せた遺産だけだった。

いったん手放した私だったけど、結局元通りに

一度すべて手放した私だが、実はその後彼との関係が復活し、そして今でも続いている。喧嘩して距離を置いたにも関わらず、結局元通りということだ。

だって、あんなに無視を続けていたのに、訳あって久々に声を掛けてみたら、ふわっと笑ったんですもの。しばらく私の前では見せなかった笑顔を。もうその時点で滑落。あっという間に愛おしさが戻ってきてしまった。こんな風に笑いかけてくれるならもう次は手放すまい、そう心に誓ってしまった。
まあけど、こんな私に付き合い続けてくれる彼も、正直懲りないなと思う。彼がどういう心情かは知らないけど、私が会いたいと言えば会ってくれるから、まあいいやと思っている。

あの頃は「付き合いたい」「彼女にして」と強く願い、「彼にこうあってほしい」と理想を押し付けたが故にぶつかり合ってしまったが、もはやどうでもよくなった。ただ好きだから、一緒にいて欲しい。それだけだ。

再び縁を結んだ私たちには、また”別れの瞬間”が訪れるかもしれない。

だけど願わくば、次の”別れの瞬間”は、この命尽きるときに。