「この髪型、いやだ」
長距離バスの中で、わたしはそう感じている自分に少し驚いた。
窓ガラスには、坊主姿の眼鏡のわたしが映っている。
その一か月前の夜、家電量販店へ行って一番安い電池式のバリカンを買い、女子トイレで一気に刈って坊主にした(散らばった髪の毛の後始末はちゃんとしました)。
仲良くなりたいあの人にそっけなくされて
仲良くなりたい、と考えていた人が妙にそっけなくなったことが気がかりで、占い師に相談したら「その人はあなたが思っているより広い交友関係を持っていて、あなたのことはそう特別視していない」というようなことを言われ落ち込み、欲しかった口紅も売り切れで、ああもう誰からも愛されないなと思って家に帰って薬を何錠も口に放り込み、しかし途中で同居の母に見つかって取り上げられ、自分を罰したい行き場のない気持ち――あの人に一方的に話し過ぎたかも、調子に乗って、ああわたしは馬鹿だなあ――は髪の毛を剃ったら発散されいったん落ち着くかも、と思った。
その頃わたしはくせ毛風おしゃれパーマをしていてかなり気に入っていたし周りからも好評だった。そんな「すてきな髪型」にためしに台所用のハサミをザクっと入れてみた。ほうれ! 一気に変になった! 愛されないわたしにふさわしい、醜い髪型になった!
どうしようもなくアンバランスで変な髪型に変身。これはもう、坊主にするほかない。夜になっていたが親にはお茶をしてくると嘘をついて家電量販店へ。閑散とした店内。バリカンは別売りの電池と合わせて1600円。なぜかストッパーで固定され入り口のドアが開け放たれたままの女子トイレでがりがりと坊主にした。
気持ち良かった。
坊主頭の女性についてあなたはどういうイメージを持っているだろうか? 強さ? 反骨精神? 尼さん? 何年か前に化粧品のCMに出てきた女性が思い出されるかもしれない。美しい彼女からは人の意見に左右されないでいくぜといったピュアな気概のようなものを感じた。
わたしとは真逆だ。親しくなりたい人から思うような好意が得られなくて、誰にも愛してもらえないと悲観的になって、占い師の言葉を必要以上に真に受けて落ち込んで、つまりは愛情を得ることや他人の言葉が気になりすぎて、その甘ったれた痛みを紛らわすためにわたしは坊主にした。
そんな風な動機で坊主にする女性は聞いたことがない。わたしくらいだろう。でも、きっと、いるのだろう。
坊主頭をけっこう楽しんでいるつもりだったけど
話は長距離バスの中に戻る。窓の外の緑を眺めながら、わたしはこの髪型――坊主頭――がいやだと思った。同時にそのことに、少し驚いてもいた。
新しい髪型を、けっこう楽しんでいるつもりだったからだ。
坊主にしてから一か月経っていた。赤い口紅を塗ったり、知人のアドバイス通りにゴールドの輪っかのイヤリングをつけてみたりした。レザーコートを買ってみたりして、着てみるとけっこう「さまになっている」気がした。これまでしてこなかった強いファッションやメイクをするようになったのだった。
それはそれで楽しい。一人部屋ファッションショーは夜中まで続いた。
でも。
「この髪型、いやだ」と、わたしははっきり思った。
「せめて美容院でやってもらえばよかったのに」と、わたしは思った。
初めてのバリカンで、ぐしゃぐしゃな感情のまま、ろくに鏡も見ず出来上がったわたしの坊主頭は、まだらに地肌が見え、ところどころ長い髪の毛がぴょこんと飛び出していた。
こんな風に、自分を傷つけるようなやりかたをとってしまうことが、いやなんだ。
自分をうつくしいと信じたままで、坊主にしたかった。
もうこんな風に自分を痛めつけない
誰からも愛を感じ取れないようなことがあっても、わたしはもうこんなふうに取り乱して痛めつけない。
いつかしてみたい髪型がある。
シャルロット・ゲンズブールみたいなくしゃっとしたロングヘア―だ。
この短い髪の毛が伸びてゆくたび、わたしの自尊心も成長してゆく。そう思ってこの伸びかけの坊主を見守ってゆくことにした。この頃、すこし前髪が出来てきたのだ。