中学2年生。親と不仲で、親に受け入れられている自覚がほとんど持てなかった私は、愛に飢えていた。
肯定されたかった。嘘偽りなく求められたかった。自分のことを好きだというくらいならそれに命を懸けてほしかった。命を懸けられるほど誰かに愛されていない私は生きる価値がないのだと、そう思って苦しかった。

そう思った中学生女子が思いついたのは、恋愛という手段だった。
親からの愛はもう期待できない。それなら他所から供給してくればいいんだ!
安直にもそう思って、書店の雑誌やネットのモテテクの紹介記事を暇さえあれば漁った。

男 オとす 方法
男 好きなしぐさ
女 モテる

そんなワードを片っ端から、飽きもせず。ヒットした記事に飛べば、そこから似たような関連記事はいくらでも見つかったし、果てはなかった。

もっと男性から求められなきゃと思って苦しかった

そこで私が学んだのは、「女は髪がきれいで色白で背は低く、華奢で隙まみれで男を立てるさしすせそが使いこなせる人が男から愛される」らしいということ。

容姿はある程度理想に近づけるために、肌は毎日出かける30分前には日焼け止めクリームを塗り、髪は「女性らしく」伸ばして、風呂のたびに30分以上ドライヤーで乾かしてトリートメントを塗った。いつ誰に見られてもいいように下着は全てシミ一つない上下そろいの少なくとも4000円は超えるもので固めて、なんども流血しながら脚腕脇髭をこまめに剃った。まだ肌トラブルのない肌に毎日意味も分からず一本1500円のボディクリームを塗って、雑誌にある「ゆるふわ肌」とやらに似せようとした。服は毎回男ウケするときくものを選んで買った。

仕草は、脚を組んで組み替えてみたり、反対側の手で髪を耳にかけてみたり。良いなと思った男の子にはか弱い子アピールをしたり、上目遣いで見上げてみたり。
とにかくそのような涙ぐましい努力をし続けていた結果、成果と言って良いのか分からない(今思うと被害だが、当時はそれすら「モテ」だと思っている自分がいた)が、一ヶ月に一人の割合で痴漢やストーカー、ナンパ行為をする大人とみられる男性が私の人生に登場した。

社会に蔓延る性差別の価値観を取り込んでいたからこそ、現実で被害を受けて苦しむ自分の感情と「狙われるのは良いことだ」という性差別的価値観との間でギャップがあった。
でも当時はそれが判らなくて苦しむことしか出来なかったから、時々発作的に男性のいる場所に耐えられなくなっていたのに、それでも「もっと男性から求められなきゃ」と思って苦しかった。

自分で自分を肯定できなければ、何もかも無意味なのだ

そうして成長して進級して高校1年。私はある男の子と出会う。
同じ学校の同級生で、私と同じ図書委員だった彼は、生きるのが不器用で他の生徒からは馬鹿にされたりおちょくられたりして居場所もあまりなかっただろうに、自分をしっかりと肯定できていた人だった。彼はどういうわけか私のモテテクにべた惚れして、私にすごくよくしてくれた。私は、彼のくれる優しさに、自分の使ったモテテクが原因なのだと知りながら依存した。
私の中での愛とは、すなわち「好きだよ」「かわいいね」などと言った気持ちのこもった言葉だった。プレゼントでもいい。とにかく気持ちが感じられるもの。
それが得られれば、交際は必要ない。
「好きなんだ」
「そうなの?私も好き。じゃあまた明日ね」
「友達としてってことでしょう?」
何度か告白されても、狡い言葉で私は逃げた。

ずっと求められる関係を続けたかった。
それなら交際が最善で一番手取り早い選択では?と思われるかもしれない。けれど、正直付き合うつもりはなかった。
理由は以下の3つだ。

1つ、自分に惚れた人を自分と同等に見れるほど、私の自尊感情は高くなかった。
2つ、私が男性にモテテクという名の飛び道具に頼って、すなわち嘘の自分で接していたため、それで得た好意に乗っても大丈夫だという自信がなかった。
3つ、モテテクで得た承認は私を幸せにはしなかったし、むしろ心の安定性を奪い脆くした。
心が脆すぎて、上げて落とされるその時に来るであろう衝撃に耐えられそうになかった。

彼のことは嫌いじゃなかった。むしろ傍にいてかなり居心地の良さを感じていたし、人間として魅力を感じていた。恋愛感情を抱いていたかは今もわからない。でも、理論上では恋情がなくても付き合うことは可能だ。それでも付き合わなかったのは、私が向き合い切れなかったからだ。
彼は私を大切に扱った。私が嫌だと言えば自分が辛くとも嫌がることはしようとしなかった。女という記号としてでなく生身としての私を見ていた。モテテクに依存して演じられたか弱い女という記号に寄せられる好意ばかり集めていた私には、理解出来なかった。
理解できないものと向き合う心の余裕は、自己肯定が出来なくてその日その日がギリギリだった私にはなかった。
私は彼の思いと向き合うことを放棄した。

そして、彼の心を踏みにじる日々が半年ほど続いた。
春が近づいて風が強く吹き荒れるそんなある日、彼は私から距離を置くと宣言した。
「どうして?」依存先がなくなったら、困る。慌ててきくと彼は答える。「だって、俺は結局君を幸せにはできないから」
その言葉にはっとさせられた。うっすら気付いてたけど、そこで明確に意識した。私は、今まで自分の幸せを、肯定を他人に頼っていた。でも、本当は自分で自分を肯定できなければ、何もかも無意味なのだ。
ちゃんとしなきゃと思った。
自分で自分を肯定して、自分の足で立たなきゃ。

彼氏の有無で自分の価値を計ろうとする、男性中心の価値観は捨てた

そう思ったら早かった。まず、自分で自分を認められるように前々からやりたいと思っていたことに手を出した。途中参加はかっこ悪いと思って始め時がわからなかった演劇を始めた。親にこれまでの不満をぶちまけた。ロリィタの服を買って着た。ちょっとずつ、自分にかけていた幾多の「しなければ愛されない」の呪いを解いていった。
勿論その過程でいくつかの失敗と傷を抱えたけど、後悔はしていない。私は自分が好きになった。心は安定して、自分で自分の価値を決めれるようになった。

でも、それから数年経って多少大人になった今でも、ありのままの自分を全肯定して表に出すことはこわい。一年前からフェミニズムに賛同してはじめたノーメイクも、剃っていない素肌をさらすことも、いつ他人に「ちゃんとマナーを守れ」と指摘されるかびくびくだ。

だけど、前よりはちょっと、だが確実に変われたと思う。男性に媚びようとするのを辞めた。彼氏の有無で自分の価値を計ろうとする、男性中心の価値観は捨てた。私はそんな自分を褒めたい。
少し大人になって、少し解放された自分を、褒めてやりたいのだ。