忘れられない先輩がいる。
その先輩はくせっ毛を気にしていて、目がクリっとしていて、きれいめのファッションを好む人だった。イケメンで、器用で。でも自己肯定感はかなり低い。“イケメンだけど残念”と同期に形容される彼が、私はどうしようもなく好きだった。

自分が先輩の彼女じゃないことが嫌になっていった

大学1年の時。サークル紹介。念願の東京での大学生活に胸をときめかせていた私は当時新歓代表をしていた先輩に出会った。イケメンなのに挙動不審で、話すことはなんか少しずれていて。「なんだこの変な人は」と思ったのを覚えている。
先輩のことを好きになったのはいつだったのかな。多分コンパで慣れない空気と大勢の人で場酔いした私を介抱してくれた時からだと思う。われながら驚くほどのチョロさ。

だけど、サークル内の決まりで新歓合宿がある5月までは隠されていただけで、先輩には同じサークル内に彼女がいた。
ただ、カミングアウトを受けても私はブレーキを踏むことができなかった。カミングアウトが遅すぎたから、好きでい続けてしまった。好意を先輩にぶつけ続けてしまった。飛んだクソ女ですね、ごめんなさい。

そして先輩もまんざらじゃなかったのか何なのか知らないけれど、私を突っぱねることはしなかった。サークル内の担当役職が彼女(彼女もまた先輩だった)とは違ったのをいいことによくわからない関係が続いた。私がお菓子を差しだしたらそのまま“あーん”の要領で食べてくれたり、私がサークルを辞めたいと泣きながら相談したらご飯に連れて行ってくれたり。

幸せだった、先輩の隣にいるだけで幸せだった。先輩が彼女の愚痴を私に言うことも。仕事が早いと褒めてくれたことも。ぜんぶぜんぶ幸せだった。でも、どんどんどんどん自分が先輩の彼女じゃないことが嫌になっていった。キープ状態なことはまごうことなき事実。私の心はどんどん悲鳴を上げた。

そして私は、失恋した

バレンタインデーの翌々日、ご飯に行きませんかと誘った。コンパスの形の缶に入った市販のチョコは義理のラッピングを施した本命チョコ。ちょっとはモヤモヤして欲しい私からの反撃だった。でも、
「え、めっちゃうれしいわ!まだあいつにチョコもらってないんよ、ありえんくない?」
と先輩は言った。なんなんだよ、無傷じゃん。

しばらくして、先輩が彼女と別れたといううわさが流れた。そして、先輩からご飯に行かないかと誘われた。提示された場所は雰囲気のいいイタリアン。来た、と思った。これでキープ状態から彼女に昇格だと思った。でも先輩は私にホワイトデーのお返しをくれただけで、何も言わなかった。そして私の心はそれで限界を迎えた。

「あのチョコ、義理だと思いました?」

聞いてしまった。私が思いを伝えないようにうまい具合に先輩が彼女の名前を出してたことなんて気づいていた。でも、だったらどうして私に甘い思い出をくれたんだ。なんで?どうして?その答えが聞きたかった。

先輩は困ったように笑った。初めて見た表情だった。…そして私は、失恋した。
「お前にはもっといい人がいるよ、俺じゃ役不足だ」
歩道橋の上で先輩はこう言った。なんなんだよそれ、ずるいよ。私にはあなたしかいないのに。先輩が彼女と別れたのはその3日後のことだった。

王子様だったはずの先輩はモブに早変わり

それからもなんでか先輩は私に事あるごとに連絡してきた。それはどうでもいいことばかりで何度他の人に聞けよと思ったかわからない。でも私はなんだかんだ先輩の頼み事は断れず、なんだかんだサークルのことを先輩に相談したりしていた。そして運命のXデーは突然訪れた。

上級生になってさらにハードになったサークル活動。体調も崩した。それでもサークルは楽しかったからついて行けない自分がひたすら悔しかった。私は先輩にすがった。すると

「そんなに自己犠牲を払っていたら貧相に見えるよ」

こんな返信が返ってきた。サークルの運営の仕方の不備おろか私の頑張りも一気になぎ倒して行った彼の言葉。私のサークルへの入れ込み方が気に入らなかったのだと思う。その思想が透けて見えたことが耐えられなかった。そしたら思い当たることがたくさん頭に浮かんできた。

そういえば、私の前でずっとほかの女の子をかわいいと言っていた。彼女の愚痴だって、普通私に言うか…?完全になめられていたことに気づいた瞬間、王子様だったはずの先輩はモブに早変わりしてしまった。私がとった行動は、既読無視。それから先輩と連絡は一切取っていない。

「ずっといい女になった」と親友は言ってくれた

魔法が解けてから回りに聞くと、私はだいぶ周りが見えていなかったらしい。あまりにも猪突猛進だったらしい。たくさん反省した。そしたら魔法が解けた瞬間に「変わったね」とたくさんの人に言われるようになった。
「ずっといい女になった」と親友は言ってくれた。

先輩、"あんた"のことなんて大っ嫌いだ。でも"あなた"のおかげでちょっと良い女になれた気がするんです。取り逃した魚は大きかったよ?という捨て台詞と一緒にありがとうの言葉をあなたにここから送ります。多分見てないと思うけどね。