彼氏への依存に悩んでいるとき、男友達からの連絡

あの頃、自分の彼氏への恋愛依存症ぶりをはっきりと自覚し、まずいな、と思っていた。

当時、無職だった私は、仕事なんて、世間体なんて、社会的責任なんてどーでもいい!私には彼だけがいればいい!ずっと続けばいいな。そう思っていた。

一方で、彼氏の反応が物足りないと落ち込むようになった。一喜一憂の波が絶え間なくやってきて、泣く日が多くなった。彼氏以外との約束はほとんど反故にした。このままでは彼氏にもいつか本当に嫌われる。自分の人生もなくなってしまう。

そんな時に、大学時代の男友達MからLINEが来た。

大学時代、二人で飲みに行ったことも何度かあったし、異性としてお互いを見ている感じではなかった。海外旅行好きで、下ネタもガンガン話せた。お互いにパートナーもいる。

たまには他の男と話した方がいいかもしれない。今思えば迂闊だったのだが、私は半ばやけくそで、誘われるがままMの家に向かった。彼氏から目をそらすための粗治療のつもりだった。

なんだか様子がおかしい……

待ち合わせ時間に、駅の地下のロータリーにいた。肌寒いくらいの時期で、私は黄色いジャンパーにトレーナーにジーンズ。ノーメイクにメガネ。一応、女度の低いとされている格好で行った。

時間を少し過ぎた頃、車からよれたスーツ姿のMが降りてきた。顔色が悪い。目つきも悪く、テンションも低かった。なんというか初めから暴力的で、車に乗りたくなかった。でも乗った。友達だったし、怖かったからだ。

仕事が早朝からだったらしい。会話が噛み合わない。仕事のことを聞くと、具体的なことは言わないが、会社の人間は全員馬鹿ばっかりだと言う。雑な運転が怖い。駅前のビル群が終わり、周囲に何も見えなくなった。

部屋に着くと、その生活感のなさに驚いた。住んで半年以上経つのに、物がほとんどない。ダンボールが多く、小さいテレビが床に置いてある。

そこからは残念ながら、記憶は朦朧としている。はっきりしているのは、傷つけられた、という感覚だ。

彼女とはほとんど会えないらしい。久しぶりに彼女が来た時、彼女は具合が悪く、元気づけようと寿司を食べにいったらしい。「お腹いっぱいになると、女ってヤりたくなるでしょ」。出してもらった手羽先がふと食べられなくなった。彼女の体調なんて微塵も心配してない。自分がセックスしたいだけ。

「無職で大丈夫なの?将来は見えてんの?」 。そう聞かれ、私は彼氏と過ごす時間の楽しさを語った。今後したいことも話した。しかし、興味はなさそうで、頭から否定してくる。

いつのまにか、かなり度数の高い透明な酒が入ったグラスを机に置かれた。種類は分からない。銘柄も言わない。頭が痛い。少しずつ飲んでると、もっと飲めよとグラスを押し付けられた。

突然、Mが後ろから胸をまさぐり始めた。私はやめてと言った。朦朧としながらも拒否した。手を引っ張られ、風呂場に連れて行かれた。服を脱がされた。一緒に入る気のようだ。乳首をものすごい力でつねられて痛かった。しかも、お前なんかと別にセックスしたくない、という文言をぐちぐち、何度も言いながら。痛い、やめて、一人で入ると何度も主張して、なんとか一人になった。シャワーは浴びず、服を着て、部屋に戻った。Mはふてくされて風呂に入った。私は帰りたいと思った。でも深夜で、駅までの道程も分からない。タクシー代を払えるほどのお金もない。

その後もMはしつこかった。目が爛々としていた。同じベッドに入れ、と。大人しくさせるために、とりあえずベッドの端に寝た。布団の臭いが耐えられない。なぜこんな所に来たんだろう。何度も勃起した股間に手を誘導される。地獄だ。しばらくして、さすがに疲れが溜まっていたのか、すごいいびきをかいて眠り始めた。私は一睡も出来なかった。

「はけ口」にされたという怒り

帰りの電車の中で、ものすごい怒りと恐怖と悲しみが急に押し寄せてきた。私はまさに、“はけ口”にされたのだ。仕事が嫌なこと、彼女とうまく行かないこと、他人が馬鹿ばっかりに見えることの。

この経験から、ストレスで膨れ上がった人間の怖さを知った。セックスしない?と一度も聞かれていない。性的同意の必要性とはまさにこれだと思う。いつのまにか私の身体に触り、「お前みたいなやつ、抱きたくもない」という文言を何度も繰り返した。

私は大学一年生の時に行った合コンのことを思い出した。歌舞伎町のやけに狭い、なぜか部屋がミラー張りの居酒屋の個室で、医大生を名乗る4人を前にした。当時、とにかく恋愛に飢えていた私は、安全性など特に考えず、出会いの場に積極的に参加していた。

その時も、いつのまにか濃度の強い酒が大量に運ばれてきて、女子は全員顔が真っ赤になっていた。ある芸人に似ている男Kと手練れ美容師風の男Sが印象的だ。Kは童貞で、手練れSは、どうしてもこいつにいい思いさせてやりたいんだよ~!と私たちに手を合わせて懇願してきた。今にして思うと、風俗嬢のような扱いだ。とにかくどんどん眠くなった。

帰り際、立てないほど酔わされた女たちの腰を男たちが支える中、私はさようなら!と挨拶し、自分の足で新宿駅まで走った。会ったその日に信頼できない人とセックスする気はない。そして、トイレで孤独にゲロ祭りをした。

こういうことをおかしな事として報告すると、もうお互い大人なんだから、そんなことでギャーギャー騒ぎなさんな、みたいなリアクションが返ってくることがある。私がウブでイタいヒステリー女のような扱い。世間はもっと汚いんだよ、と諭されているかのようだ。

「そんなこと」大したことないという空気の正体は何なのか。被害者の辛い表情を前にして、被害者ぶりやがってと上から見下ろす態度はなぜ生まれるのか。でもこの空気は確実に周囲に渦巻いている。

性的暴行は犯罪だ。相手が傷つくと思わなかったという言い訳は通用しない。
私が求めているのは、相手に敬意を持って接してほしい、この一点だけだ。女は穴である前に人間だ。目の前にいる相手の様子をしっかり見てほしい。どんな表情をしているか、どんな気持ちか、どんな人間か。女性に限らず、性暴力の被害者は皆、人間としての尊厳をズタズタにされる。

Mは結局LINEの返信を、彼女にはどうか言わないでほしい、と締めくくった。その身勝手さに頭痛がした。謝罪の言葉はあっても、文章からは、あくまで私が大げさであるという主張が滲んでいる。Mは別の筋書きを話すだろう。拒否していなかった、疲れていた、酔っていた、笑っていたからいいと思った、家に来た時点でやっていいと思った、など。

私の身に起きたことは、世間で起きている様々な性的暴行の事件と、根は同じだと感じる。他人を自分の物差しで計り、自分の想像の範囲内に押し込み、自分を凌駕しないでほしいと相手を辱める矮小な願望。私にはそう見えた。東大生集団わいせつ事件の詳細を知って、私は嘔吐しそうになった。

他人をなめるな。敬意を払え。そう思う。いくらウブだと言われようが、人間関係は、恋愛は、自分以外の他人を深く知り、その存在に感謝できる、素晴らしい機会だと思っている。そういう関係が、世の中に増えていってほしい。