私が髪を伸ばす理由。それは心の傷を隠すためだった。体中に広がるアトピー。これがその正体。
長い髪の毛で、顔や首回りのアトピーを隠そうとした
思えば幼少期。物心つく頃にはもういじめが始まっていた。顔中に赤みを帯びた発疹。それを見て同級生は「バイキン」と揶揄した。もう絶対に見られたくない。その一心でなんとか髪の毛で顔や首回りのアトピーを隠そうとした。しかし髪が触れればアトピーはたちまち悪化。主治医の先生からは「髪の毛を短く切るか、ヘアゴムでまとめなさい」と毎回指摘された。ショートカットも嫌いじゃない。お下げやポニーテールだって一度はやってみたかった。それでもできなかった。だってアトピーを見られるのは裸を見られるより恥ずかしかったから。
だけどアトピーが悪化すれば、いじめもひどくなる一方。とうとう悩んだ末に担任の先生に相談した。
「そうか。話してくれてありがとう。大丈夫、まかせろ」
先生は私の気持ちをわかってくれた。先生のおかげで翌日には嘘のようにいじめが止まった。「きたない」と言われることも「近よるな」と言われることもなくなった。しかし気づけば教室に自分の居場所はなかった。何をするにもいつも一人で、楽しそうな女子のグループが羨ましかった。次第に心は少しずつ、しかし確実にクラスから離れ、離れた末に不登校になってしまった。
私は一日中自分の部屋にこもった。もう学校に行かなくていい。そう思うと少し気が楽になった。しかし鏡の自分を見ると泣きたくなった。乾燥で皮が剥がれ、赤くただれた顔は自分でも目を背けたくなるほど。
そんな私のもとに、担任の先生は毎日通った。他愛もない話をし、毎回つまらないギャグを考えてきた。先生は学校とのつながりを保とうとしていた。だけどそんな期待をよそに私は休み続けた。修学旅行も運動会も。髪は相変わらず伸びっぱなしだが、無造作に伸びた髪がアトピーを隠し、いつしかそれが自分の安心材料になっていた。
卒業証書を読み上げた先生は、途中で泣き出した
ついに迎えた卒業式。夕方、先生がうちに来た。私の前で卒業証書を読み上げると、先生は途中で泣き出した。あんなに大きな先生がものすごく小さくなって泣いた。肩をすぼめて、下を向いて。最後に先生は言った。
「ごめんな。何もできなくて」
えっ。私は言葉を失った。だって何もしてないのは私の方だから。
先生はいじめを止めてくれた。毎日会いに来てくれた。笑わせてくれた。励ましてくれた。それなのに、それなのに。言葉にならない感謝と申し訳なさがこみ上げて、思わず私まで泣いた。
ひとつに束ねた前髪は、もうアトピーの陰に隠れないという決意
中学の入学式当日。
私は玄関で悩んでいた。学校へ行こうか、行くまいか。でも怖い。だけどこのままでは先生に申し訳ない。そんなことを考えながら、すすんだり、とまったり。心も身体もそんな感じだった。
下を向くと長く伸びた髪が視界を遮る。真っ暗で何も見えない。それは私の未来のようでもあった。だけどふとあの時の先生の涙が目に浮かぶ。そして先生の最後の言葉が心を揺さぶる。
私は前髪もまとめてハーフアップにした。もうアトピーの陰に隠れない。隠れちゃダメなんだ。玄関を閉めるバタンという音が私の再出発の号令みたいだった。