「来年の春に、付き合ってる彼氏と結婚しようと思ってるの」
半年ぶりに喫茶店で会った妹が、突然そう言った。
結婚?思いもがけないその言葉に驚き、持っていたコーヒーのカップを床に落としそうになった。
付き合って半年で結婚は早すぎない?
「あおい(妹の名前)ちゃん、まだ23歳でしょう?
結婚は、もうちょっと後でも良いんじゃない?」
「のんびりしてたら、行き遅れちゃうかもしれないし。
今は20代だからイイけど、30過ぎて独身だったら周りから色々言われるしね」
結婚を急ぐ理由について、妹はそう答えた。
「今の彼氏とは、付き合って何年くらいなの」
「半年くらい。だけど、結婚するなら絶対この人だと思ってる」
付き合って半年で結婚。
半年付き合っただけでは、相手がどんな人か分からない。
結婚後に価値観や金銭感覚の違いで、すれ違うこともあるかもしれない。
果たして上手くいくのだろうかと不安になった。
「どうしてこの人だって分かるの」
「初めて会った瞬間、あ、この人が私の運命の相手だ!と直感したの」
両手をぎゅっと結び、頬をバラ色に染めて妹は言った。
こんな言葉を口にする女性を、何かの映画やドラマで観たことがある。
その後幸せになることもあるが、運命の相手に騙されたり、相手と喧嘩をしてしまったり、悲惨な展開になることも多い。
「じっくり相手のことを知るには、1年くらいは付き合わないと。
出会って半年で結婚は早すぎだよ」
本気で結婚を考えていた、2年前の自分を思い出した
どうして妹は、こんなに焦って結婚しようとしているのだろう。
そう考えた時、2年前の自分を思い出した。
私も23歳の時、妹と全く同じことを心の中で思っていた。
自分のやりたいことを見つけてから、好きな人と結婚したい。
だけど、見つけるのに時間がかかって、行き遅れてしまうかもしれない。
歳をとって、周りから色々と言われるのは嫌だ。
だから、行き遅れないうちにさっさと結婚しよう。
半年しか付き合っていない彼氏と、本気で結婚を考えていた。
「あおいちゃんの気持ちは分かるけどさ」
妹より2年長く生きている、私だからこそ言える言葉があった。
悩み、葛藤した末に「自分のやりたいことを見つけてから、好きな人と結婚しよう」と決めた。不安や迷いはあった。今も消えない。周りからの目が気になることもある。だけど、いま私はとても幸せだ。エッセイストになりたいという自分の道を見つけて、明るく生き生きとした毎日を送っているから。
もし、あの時焦って相手と結婚していたら「自分のやりたいことって、何なんだろう」漠然とそんな疑問を抱えたまま、一生を過ごしていたかもしれない。
「結婚は、焦らなくても良いんじゃない。
自分のやりたいことを見つけてから、結婚したら」
コーヒーカップをテーブルに置き、ゆっくりと優しい口調で、私はそう言った。自分自身にも強く言い聞かせているかのように。
「うーん・・・」
妹がどんな道を選んだとしても、幸せな未来が待っていると良いな
ブラックコーヒーよりも苦い表情を浮かべて、妹は喫茶店を後にした。
テーブルの上には、空っぽになったコーヒーカップがひとつ。
次に何が注がれるのか、満たされるのか、それとも空っぽのままなのか。
そんな不安を感じているようだった。チクリと胸に鋭い痛みを覚え、透明な水を注いだ。次に会った時、妹はどんな話をするのだろう。
そして、私はどんなことを言うのだろう。
どんなことを言ったとしても、そして妹がどんな道を選んだとしても、
幸せな未来が待っていると良いな。
コップに注いだ水を見つめながら、そんなことを思った。