私は明日、30歳になる。

1990年の早生まれ、同世代について説明する時は、必ずテイラー・スウィフトと浅田真央さんの名前を誇らしく挙げるようにしている。

かがみよかがみにエッセイを寄せるのは20代までという規則があり、私はどうしても、20代最後の日にここに一つエッセイを書いてみたかった。

何故なら編集長である伊藤あかりちゃんのファンだから。
何故なら寄せられるコラムの一つ一つが、こちらが恥ずかしくなるほどにむき出しで、酸っぱいくらいに100%で、涙がでるほどに応援したくなるから。

編集長のあかりちゃんに、「かがみは、全裸メディアだ」と伝えたことがある。そんな心の全裸が許される残りあと1日を使って、私も裸になってみたかった。

20代で残されたのは、あと1日。私も裸になってみたかった。

30歳を目の前に、実家に溜まった思い出箱の整理を始めた。

小学生から大学卒業までの、文集や写真や教科書やくだらないお手紙のやりとりを引っ張り出すと、全部で段ボール6箱分。かなりの分量だった。

大切に保管していてくれた母に感謝をしながら、躊躇なく捨てたり、しばらく眺めてから捨てたり、最後まで悩んで捨てたり、とにかく断捨離した。

時々、自分で自分を抱きしめてあげたくなるものを発見した。

小学校の卒業文集で「地球最後の日になにをする?」という問いには「その時に一番大切なひととすごす」とシンプルで強い言葉が書いてあり、12歳の私を誇らしく思った。

綺麗にスクラップされた3.11に関する英国メディアの報道記事(3.11発生当時私はロンドン留学中だった)たちを手にすると、降り注ぐメディアの情報に立ち尽くすハタチの葛藤と対面した。

就活中の書類を見て思い出した、「可愛いね」と思えなかった私

中でも22歳、就活中のエントリーシートや履歴書類は、思わず家に持って帰った。

履歴書の写真を見て今でも思い出すのは、自分のことが大嫌いだった22歳、あのときの気持ち。ブスの黒髪とブスの着るリクルートスーツなんて、救いようのない悲劇だと毎日ふてくされていた。なんとか根性と気合いで就活は乗り切るのだけど、内定しても自分嫌いの魔法は消えなかった。

あの時は、誰かにもらう「可愛いね」が可愛いの全ての基準だった。自分らしさなんてどうでも良くて、周りから可愛いと思われたかった、言われたかった。なのに全く言ってもらえないから、どんどんふてくされていった。

周りに可愛いと言われないから、ブス。自己愛と他者評価のバランスが乱れると、人はかわいそうなくらい惨めで悪循環に陥る。

褒められるのを諦めて、毎日自分を褒めてあげることにしたら

あれから8年、今は自分をブスだとは思わない。
決して私自身が華麗に変身したとか、容姿に大きな変化があったとこではなく、簡単なこと。

褒められるのを諦めた。

年を重ねるごとに気が付いたのは、結局はみんな自分の人生に夢中で、誰も褒めてはくれないということ。私にとって20代は、楽しい思い出よりも後悔や苦い記憶の方が圧倒的に多い気がするけれど、反省が多い分、これに気がつけたのは大きな財産だとも思う。

褒められない日々の中で、人知れず「褒められる」を諦めた私は、「自分が好きな自分になる」にいつからか目標を変更していた。

今、30歳を目前にした私が、22歳の就活中の私を見つめている。

悪くない。
可愛い。
とっても可愛い。

こんな言葉結局何の意味もないけれど、あの時の私にとっては全てだったんだよな。

20代最後がルッキズムかよと、相変わらず陳腐な自分に呆れてしまうし、それこそまだ表層的な他者評価を気にしている自分がいるような気がしてならないのだけど、裸になると決めたからには仕方がない。

誰かに言ってほしかった言葉を、今8年の時を超えて、伝えてあげたいと思った。

「自分で自分にかける魔法は、何よりも強い」

偉そうに言うつもりは毛頭ないけれど、これを読んでくれた20代で少しでも同じ悩みを持っている方には心の底から伝えたい。

自分で自分にかける魔法は、何よりも強い。

可愛いでもかっこいいでも賢いでもイケてるでもなんでもいいけど、自分が今一番機嫌が良くなる魔法の言葉を、今日から毎日、自分自身にかけてあげてほしい。

29歳最後の日。
だから私は心を丸裸にして、あの時死ぬ程欲しかった安っぽい言葉を、あえて22歳の私に向かって送ることにした。

可愛い。

私は明日、30歳になる。