「人と比べても意味ないよ」
「あなたはあなたらしく、でいいんだよ」

そう言われるたびに、そう書かれている本やネット記事を読むたびに、「そうだよね。私は私、でいいんだよね。だって私は世界でひとりしかいないんだから」と、言い聞かせ、うんうんと頭を縦に振る。
でも、次の日にはSNSで目に留まった知人の活躍ぶりや仕事がうまくっている先輩や同僚と自分を比べている。
「いいなぁ。すごいなぁ。私、なんにもないや………」とキラキラしてみえる外の世界に深く嫉妬してしまう。
そんなことを28年間続けてきた。もうそろそろ心の底から「私は私らしく生きているんで!」って言えるようになりたい。
このエッセイを機に「他人と比べる」ことから卒業しようと思う。

比べることで、「他人より上」の自分に安心していた

幼稚園に入園し、集団生活が始まると、着ている服や振る舞いみたいな外見から運動ができる、お絵描きや工作が上手みたいな、ちょっとしたお勉強まで、なにかと人と比べていた。
具体的に誰かと比べるというわけではなかったけど、“平均よりできる子”でいたかったから、“自分の立ち位置”を確認するために人と比べていた。

母に毎朝、髪の毛を結ってもらったり、当時やっていた習い事もがんばった。その甲斐あって、小学校に進んでもそれなりに成績は良かったし、中学校も平均以上の成績を出し、そこそこいい高校に進学した。

中学校までは「人と比べて、上に立つ」ことがモチベーションだったし、それでうまくいっていた。

劣等感を抱いて過ごした高校時代。それでもプライドが邪魔をする

でも、高校に入学してからは、勉強も部活も全然うまくいかなかった。
人と比べても、圧倒的に負けてばかりだった。
一番厄介だったのは、大学受験。
幼稚園から中学校までで培った、頑固なプライドが完全に自分を支配していて、どう考えても合格するわけない大学に挑戦し、案の定不合格。

「滑り止めの大学へ行くなんて、友だちが知ったらどう思うだろう。いつも一緒に勉強していた友だちは偏差値の高い、頭のいい大学に行くのに。」

落ちたことはもちろんショックだったけど、周りの友だちが自分より頭のいい大学に合格したことの方がショックだった。
やっぱりここでも人と比べてしまい、最初に“他人から見た自分”が頭をよぎる。挙句、プライドのような意地のような、どろどろした感情が邪魔して友だちにも連絡を取らないようになり、もう疎遠になってしまった。

そんなこじらせた高校生は大学生になっても変わるわけもなかった。
高校と比べ学生の人数が増えた分、勉強に関して誰かと比べることは少なくなったけど、大学は大学でいろんなことを人と比べた。

どこの高校出身なのか
浪人したのか、現役なのか
ブランドものを身につけているか
恋人はいるのか

そんなことを比べては、「私の方が上だ」と安心することもあれば、「あー私ってだめだな」と落ち込むこともあった。
そんな私に「人と比べなくていいよ」と本が訴えてきたり、先輩や友だちに言われることもあった。

でも、「どうやったら人と比べないで済むのか」その方法がわからない。なんせ物心ついたときから、ずっと人と比べて生きてきたんだから。
人と比べることで“自分の立ち位置”を確認してきたのだから。

私は私。自分らしく堂々と生きていきたい

といいつつ、最近になって人と比べて一喜一憂した後「まぁでも、私が落ち込んだり、悲しんだところで現実は変わらないよな」と思えるようになってきた。
人と比べて、自分が優位になれることを必死に探したり、持っていないことを見つけて感情が揺れることに、ようやく疲れてきたんだと思う。
それと、人と比べなくても“自分の立ち位置”を認識できるようになったのかもしれない。
となれば、今をきっかけに変わるしかない。

“人と比べずに済む超具体的な方法”は思い浮かばないけど、「私が落ち込んでも現実は変わらない。なら、比べても意味がないんじゃないか」という気持ちをもっと強く持ってみようと思う。結局、気持ちの問題のような気がするから。

今すぐは無理でも、せめて今年中には“人と比べる”ことから卒業して、私らしく堂々と毎日を生きていたいと思う。