今は言葉がでないからちょっと待って。

この言葉が言えるようになるまで、随分と時間がかかった。私は時々、気持ちが溢れすぎて、感情を表現できないことがある。感情は豊かだけど、それを表現することがひどく苦手なのだ。このことが自分でわかるまで、そしてそれを人に説明できるようになるまで、たくさん辛い思いをしてきた。

例えば、友達が泣いていたとして、私も同じように悲しいと思うし、共感する気持ちはもちろんある。でも、それを表現するために彼らと同じ、泣くという方法で共感することはできない。犬を亡くした当時の家主さんが大泣きしていても、同じように泣くこともできないし何も言えない。恋人と喧嘩して、怒ったり、それは違うと思ったりしても、言葉にできない。

悲しい感情をどう表現するのかわからなくなっていた

はっきりとはわからないが、ことの始まりは中学生の時だと思う。初めての部活で、先輩・後輩文化に慣れることができず、学校生活にもうまく馴染めなくなって、それが二年生の半ばあたりで爆発した。友達がいなかったわけではないし、家族とも関係は良好だった。勉強も数学はどん底でも、それ以外はそこそこ頑張っていた。

でも。私の中で何かが終わってしまった。何もかもがどうでもよくなって、人と話すことをやめた。学校に行くのもやめて、朝から一言も話さない日もざらだった。笑わないし、泣きもしない、感情が顔に出なくなっていった。そんな私を見て泣く母を見て、自分が母を泣かせていることが悲しくても、その感情を表せなくなっている自分に気がついた。その事実に気がついた時、愕然とした。でももはやそれをどう表現するのかわからなくなっていた。

そこからどうにか好きなことを見つけて勉強する気持ちを取り戻し、なんとか卒業して高校・大学に進学した。高校生、大学生になってからも、何も考えていない時の私の顔を見て、表情がないねとか、怒ってるの?とか色々言われたが、人とそこそこに付き合うことを覚えていたので適当に交わしてあまり気にしないようにしていた。

周りに影響を与えていると指摘されるのがやりきれなかった

大学一回生の春、好きな人ができた。その人と付き合うことになって幸せだった。でも、付き合ってしばらくすると彼はよく、君は何を考えているのかわからないと口にするようになった。次第に、こちらが君が何を考えているのか汲み取らないといけない、それがストレスだと言われるようにまでなってしまった。
私にだって感情はあるし、それを伝えたいと心から思っていた。だけど、何かが私がそうするのを止めてしまう。二人で話し合いをしていても、彼が不満を並べ立てる中、私が何も言えなくなるばかりで結局、彼とは別れることになった。別れた理由は他にもあったが、当時は自分が感情を表せない、言葉にできないせいで彼を失ってしまったと自分を責めた。

恋愛以外でも、先輩からも君はもっと感情を出すようにしないと、みんながみんな君のことわかってくれるわけじゃないんだから困るよと言われたり、周りの人に指摘されることが多くなって、もう心がいっぱいいっぱいになってしまった。感情があるのにそれをどう表せばいいのかわからないだけでも辛いと感じていたのに、それが周りに影響を与えていると指摘されるのがやりきれなかった。

それでもどうしていいのかわからなかった。自分は壊れているのか、どこかおかしいのか。感情が欠けている?なぜ大事な時に何も言えないんだろう?どれだけ自分に問いかけてみても何もわからず、ずっともどかしい、苦しい気持ちを抱えていた。

ある教授の一言で、自分に対する見方が変わった

でもある時、ある教授から言われた一言で、少しずつ自分のことがわかるようになった。その教授は心理学やキャリア教育を担当していた先生で、何の気なしに先生に私の感情が表せない(当時は欠けているとすら思っていた)ことを話してみた。すると先生は、それはあなたにとって感情を表現する方法が多くの人とは違う、もしくは単に苦手だからであって、何もあなたに何かが足りないわけでも、壊れているわけでもないよと言ってくれた。

それ以来、急激に生きやすくなったわけではもちろんないが、自分に対する見方が変わった。それまで自分には何かが足りない、おかしいと思っていたことが、自分は感情は豊かだけれど、それを表現するのがとても苦手なのだと考えられるようになった。そのおかげで、せめて自分の大切な人たちにはその事実を伝えられるようになってきた。

あまり感情を表現できないということを伝えられるようになった

まだうまく感情を言葉にしたり、行動に反映させたりすることはできない。未だによく感情に圧倒されて言葉にできなかったり、そのせいで自分自身に苛立ったりすることもたくさんある。でも今は、恋人に何か言いたいことがあって言葉にできない時、少なくとも自分がその状況に陥っているということを伝えることができる。友達にも同じように、自分はあまり感情を表現できないということを伝えられるようになった。

ここまで来るのにとても時間がかかったし、今だって苦労することはある。それに誰もが私が抱えていることを受け入れてくれるわけではないかもしれない。でも、自分でそれを自覚して、周りにそれを伝えられるようになったことで少しは生きやすくなり始めた。しばらくはまだ言葉が出ないと言い続けるだろう。それでも、そう言えるようになった自分を盛大に褒めてあげたい。いつか自分の感情を思うままに伝えられる日が来ますように。