「お前、底なしのブスだな」
同期の男性の口から突如放たれた言葉に、私は耳を疑った。会社での飲み会で、これまた同期の女友達に向かって放たれた一言だった。
「え、なにそれめっちゃ悪口じゃない?」
友達はそう言って笑ってたけど、私だったら絶対愛想笑いでも笑えないなと思った。ちなみに友達は全くブスではない。
さすがに見かねた他の男性が、
「お前、さすがに失礼やぞ、そういうこと言うなって」
と言っても、
「なんで、本人の前で言ってるんだから冗談に決まってるだろ」
と意に介さない。私はこいつだけは好きになれないな、そう思った。
ありえない一言を放った彼と一緒に仕事をすることになって、疲弊
その出来事の数日後、私はなんと、ありえない一言を放った彼と一緒にプロジェクトを行うことになった。最初は一緒に仕事をするのだから、仲良くなろうと頑張った。ランチに誘ったり、なにかと声をかけたり。でも、ランチは終始誰かの悪口だったし、声をかけるたび
「その服より一層太って見えるよ」などと、心ない言葉を浴びせられた。そうしていくうちにどんどん疲弊していった。
もう限界。そう思って仲のいい先輩に相談をした。先輩はうんうん、と聞いてくれて、最後に、「あなたは、その人にどうなって欲しいの?」と聞いてきた。
「もったいないと思うんです。その人は仕事ができるし、コミュニケーションで損しているから、なおしてあげた方がいいと思って。一回はっきり言った方がいいのかなあ」。
そう言った私に、先輩ははっきりと言った。「じゃあ、その人のコミュニケーションが丁寧になるのが本当の望み?」。そう言われて考えてみた。うーん、なんか違うな。「悪口言ってるの聞くの嫌いだから、言わないでほしい。そして私、その人に嫌われたくない、できれば好かれたいです」
先輩は優しく微笑んでこう言ってくれた。「うん、そうだね。この歳になると、みんなもうだいたい人格が固まっちゃってて、相手を変えるのってものすごく難しいんだ。そして、あなたがその人にこうなって欲しい、と思ってることが本当に正解かどうかもわからない。現に、今その人にも友達はいるでしょう。その人のままでいいって思ってる人も一定数いるんだよ。みんなに好かれようとする必要もないし、必要以上に嫌う必要もない。相手を嫌わなくていい距離まで、そっと離れてみたら」
相手から好かれないのは私の力不足だとずっと思ってきたけど
そう言われた私は目から鱗だった。私が読む漫画のヒロインは、意中の相手はもちろん、意地悪をしてくる相手だろうが、恋敵だろうが、なんでも最終的にはそのヒロインのことを好きにさせてしまうのだった。だから、相手から好かれないのは私の力不足だとずっと思ってきたし、誰からも好かれるべきだと思っていた。でも、そういえば『世の中の二割はあなたのことが好きで、二割は嫌いで、その他六割はなんとも思っていない』って話を聞いたことがある。もしかして、みんなに好かれなくてもいい?
それから、私は彼と距離をとることにした。とはいってもプロジェクトは一緒に進めないといけないから、仕事上の会話はした。でも、ミーティングが終わった後の雑談で誰かの悪口を言い出したら、そっと席を立って「ごめん、ちょっと仕事が詰まってるから先に出るね」と言うようになった。
嫌いでたまらなかった彼のことを、なんとも思わなくなっていた
そうしていくうちに、嫌いで嫌いでたまらなかった彼のことを、なんとも思わなくなっていた。自分でもびっくりしたのが、しばらくして『苦手な人って誰かいる?』って質問に、「んー、誰かいた気がするんだけど誰だっけ?」と本気でなったことだった。あとで日記を読み返して、私は彼から耐えがたいくらいのストレスを受けていたことを思い出したくらいで、本当の本当にどうでも良くなっていたのだ。
私は、みんなに好かれたいという思いから卒業する。嫌いな人に好かれようと思って時間を割くくらいだったら、好きな人のために時間を使いたい。嫌いな人とは、嫌いだと思わなくなるくらいの距離までそっと離れる。
自分と、自分が好きな人たちと、自分を好きでいてくれる人たちを大事に生きていこう。