セックス中に声を出せなくなった事がある。
暗い自分の部屋で、目の前にかぶさる相手の顔を見ない様に目をぎゅっとつぶってその瞬間が終わるのを待った事がある。その相手が、大好きで付き合っていた恋人だったのにも関わらず。

そういう話をすると、周りは大抵「初めてだったの?」という質問をしてくる。答えはノーだ、その前にも彼氏はいて、むしろセックスもキスも主観的ではあるが好きな方だと思っていた。

彼は初恋の相手だった。海外生活の六年間、どんな風に成長してるのかな?と妄想を爆発してた相手とのデートに漕ぎ着けたわたしは、舞い上がっていた。再会した瞬間に、成長した顔立ちにはっきりと残る昔の面影に瞬殺された。3回目のデートで、付き合い始めた時は「この人と出会うためだったんだ」と本気で信じていた。

事件は5回目のデート、付き合い始めて3週間後に起きる。おうちデートでキスを始めると「そういう流れ」で相手の手が自分の胸にきた。その手を止めながら「付き合って三ヶ月までセックスはしない」と言った。三ヶ月、と言う具体的な数字は、裸になり全てをさらけ出す性行為をするために、彼に十分な信用を抱くための目安の期間だった。

彼は「長え」と笑い飛ばし、それに一緒になって笑った自分を数時間後、後悔する事になる。一緒に寝るつもりで入った布団の中で2度目の「そういう流れ」が始まり、彼の手が私のパジャマの短パンに伸びた時に私は「いやだ」と叫ぶべきだった。「ノー・セックス」と伝えたつもりだったので、まさかと思った。

困惑で、ただでさえ電気のついていない真っ暗な部屋でわたしの体の上にかぶさってきて彼の黒い影を見ない様に反射的に目を閉じた。動かれ、鈍い痛みを感じながら瞑る目により力を込めた。コンドームを着けてないことを泣きたい気持ちで指摘すると、「あ、忘れてた」と言った。全てが終わると、彼はわたしに腕枕をし始めた。その後も、服を着ないでボーッと布団の中に入っていた。髪やおでこにキスをしてくる彼氏に、愛情と絶望感の両方を感じる自分がいた。その後、わたしは病院に一人で行き、3万円のアフターピルを飲み、生理が来るまで毎晩不安になりながら2週間を過ごした。生理が終わったら、また彼氏とセックスした。

絶望的なセックスは上書きできなかった

「よくその後もヤったね」と驚かれる。
運命の相手だと思っていた人に、誰よりも大切にして欲しかった相手に「絶望的なセックス」をされた女子でいたくなかった。セックスで傷ついためんどくさい女子になりたくなかった。でも結局、何度セックスをしても「絶望的なセックス」を上書きすることはできなかった。自分の気持ちを相手に言えない代わりにその後一年半に渡り付き合った彼氏を、わたしは振り回し傷つけ続けた。酔ったら迎えにこさせ、自分の気分次第で約束を取り付けドタキャンする。しょっちゅう別れを切り出し、何度浮気をしたのかも覚えていない。相手を自分と同じくらい傷つける事で、絶望的なセックスを強いた相手を自分がまだ好きだという矛盾から心を守ることに必死だった。彼と別れてから、一年かけてそれが「同意のないセックス」だったとわたしはゆっくり自覚し始めた。晴れないモヤモヤに、フラッシュバックの様に戻ってくる思い出に悩みに悩み、相手に連絡をしてその旨を恐る恐る伝えて見た事もあった。「付き合ってるんだから、合意もクソもない」、「そんな前の事覚えていない」と言われた。わたしの付き合ってる間の「ひどい態度」を指摘され電話は切れた。相手の気持ちに全く立って会話ができなくなるほど、お互いを傷つけてしまった事をひどくひどく後悔した。

どの様な状況でもセックスを強いる権利はない

わたしはそれから、徹底して「めんどくさい女」になった。どれだけ良いムードでも、一瞬の迷いを感じたらすぐに「なぜそう感じたの」と自分に向き合うようになった。そして、わたしは少し迷いつつも、キスをしている相手に「ごめん、気分じゃない」と言える様になった。「頑固」と言われる事が増えたけれど、自分に正直になれずに、結局自分が傷つき相手も傷つけることしかできなかった自分よりも、今はもっと自分と一緒に生きている感覚がする。相手と自分との関係がどの様な形でも、どの様な状況でもセックスを強いる権利を相手は持っていない。この世で、唯一自分自身にセックスの権限を与えることができるのはわたし自身だ。