私は自分の母校を、自虐と誇りを持って「スパルタ兵の養成所」と呼んでいる。

スパルタ兵ポイントを挙げると、
・雪の日、他校が休校でも登校。マラソンもさせる
・体育祭で棒倒し(※今は廃止されていたはず)
・理科ではフナの解剖やブタの心臓の観察などを行い、グロ耐性がつく
・晩ご飯のため、走り回る鶏を殺してカレーに入れる課外授業がある(食育)
・毎月生徒自治会にお金を納め、その資金でクラブ活動を運営。年に2回お金の使い道が適切か全校生徒で審議する政治イベントがある

他にも、公民の先生は授業で「夫婦で合計○○○万は稼げるようになりなさい。ただし家計とプライベートで口座は分けること。自分で稼ぐことが重要」と口癖のようにいっていたし、「赤ずきんちゃんに狼に気を付けろというのではなく、狼に赤ずきんちゃんを食べてはいけないと教育すべき」と教えた先生もいた。

保健体育の先生は「うちの学校の子たちは婚期が遅れるのよ!嘘かと思うでしょ?みんな晩婚か独身だから!」と言い放ち、生徒は悲鳴を上げていた。笑

当時は母校があまり好きではなかった

ただでさえ女子校育ちで男子に免疫がないのがコンプレックスだったし、このつよい女育成カルチャーが嫌いだった人もいただろう。「私は会社で働きたくなんかないし早くお嫁に行きたいのに、先生なんでそういうこというの」と暗い顔をした子もいた。

別に強くなりたくない子もいたと思う。でも、そういう人も、一応「これだけは気を付けておけば身を守れる」という知恵を得たのだから、まぁよかったのではないかと思う。

私も当時、母校があまり好きではなかった。キリスト教の学校だったのだが、「頬を打たれたらもう片方の頬も差し出せ」なんてやられっぱなしで好かんな、とか、
文化祭がチケット制じゃ年イチの男との出会いの場がなくなるやん!とか文句も言っていた。

ジェンダーやフェミニズムを学ぶうち、母校の魅力がわかってきた

やがてスパルタ兵訓練生たちは、卒業し、大学生になった。

SNSで見ていると皆次々に大学デビューしていき、各々キャンパスライフを楽しんでいるようだった。
久しぶりに友人たちに会うと、なぜか皆自分の身をボロボロにするようなダメな恋愛ばかりしていて、やっぱ女子校6年間は間違いだったわ、異性を見る目がバグるからな、と笑いあった。

ところが月日が流れ、大学でジェンダーやフェミニズムを学ぶうち、私は自分の母校の本当の魅力がわかってきた。

老人ホームでの一日介護実習は、自分もいつか皺々の老人になって誰かにお世話されるんだ、という未来について考えるきっかけとなり、同時に弱いものを切り捨てる世間の残酷さを感じた。

性教育講座では外部講師に「今の日本のお偉方は若者に性教育をするとやたらとセックスして危険だという。だがそれは間違いだ、知ることは身を守ること」ときっぱり言われた。

最近母校のSNSを見たところ、選挙を疑似体験する授業までしていた。どこまでもつよい。

やっと時代が私たちに追いついたかもしれない

確かにあの学校を巣立った私たちは、つよすぎて、隙がなく、一人で生きていけちゃうから婚期が遅れるかもしれない。

が、だからどうしたという話だ。

中高生にしてはエグいことを聞かせ、やらせ、自分の頭で考えて行動するよう促し、老いや死について身近に体験させられた。

私たちがたとえ"婚活市場"で不利だったとしても「不利とは」と跳ね返せるような、そんなつよい女が育つ学校だ。
もちろん、結婚の幸せを手にしても良い。あなたの望むまま。

全員がそうではないにせよ、あの6年間女しかいない環境で自由に振る舞い、考え、行動してきた経験はかなり大きかった。

最近、巷ではつよい女ブームが来ているらしく、やっと時代が私たちに追いついたかもしれない。

今も絶賛、スパルタ兵を育成するあの学校に、今年の文化祭こそ顔を出したいなと思っている。
今なら、あのコンプレックスだった母校を胸を張って好きといえる。