『黙って喋って』(ヒコロヒー/朝日新聞出版)

※朝日新聞出版社よりご恵贈いただきました。

大人になってから気づいた。うまくいった恋より、うまくいかなかった恋の方が、自分を豊かにしてくれたのだと。でもその当時は、ただただ辛くて、みじめで、未来が豊かになるとかそんなこと、考える余裕なんかなかった。言わなきゃよかった、言えばよかった、の繰り返しで、たとえその当時に戻っても、きっと同じように後悔する。恋愛仕様のわたしなんか、嘘みたいにドス黒い。そんな自分をどこか俯瞰している自分もいて、もうどれが本物のわたしかわからなくなる。それでいて、女としてのプライドだけは十分で、中身なんか高校生。年齢は20代なのに、気持ちは10代にも30代にもなったりして、もう恋愛って最高に面倒くさくて、最高に人間くさい。

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ヒコロヒーさんの「黙って喋って」は、どの世代も共感できる恋愛エピソードが生々しく綴られている。若すぎる恋、裏切りの恋、本能的な恋、強がりの恋。その当時の状況を、まるで隣のテーブルで見ている、そんな臨場感のある、どこか懐かしい恋愛小説集だ。

本書は全部で18の編で構成されている。どれも超リアル。もしや友達の話か?と思うくらいの身近な距離感で書かれているのが印象的だ。中でもわたしが特に共感した2つの作品について綴ってみようと思う。

「かわいいなあ、女の子って感じ」という小説は、自分の彼氏と仲の良い女友達「青井さん」にまつわる話。彼は青井さんのことを恋愛対象と見ていないと言うが、「青井さん」は自分の彼を男として見ていると気づき、その嫉妬心をテーマとして描いている。

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彼氏の仲のいい「女友達」というのは、実に厄介な存在だと思う。恋愛って、わたしと相手という二人だけの関係ではあるけれど、その裏側にはさまざまな人が関わっているから成り立っている。愚痴を聞いてくれる友人や、客観的な意見をくれる知人がいなければ、関係性なんてどんどん歪んで、正解はお互いの発する言葉の中にしかないと思い込んでしまう。だから、彼との関係を良好に保つためには、当然お互いの友人が必要だと思うけれど、そこに私の知らない彼がいたり、私には言えないことを言い合える関係性であったりして、かつそれが異性の友人だとすると、友情が恋愛に変わる瞬間のカウントダウンが始まってしまうのかなんて考える。そんなことを考える自分も、なんて情けない女なのかと落ち込んだりしたかと思えば、まだこういう気持ちを持てるということは冷めきっているわけじゃないんだな、とか変に冷静になる自分もいて、異性の親友という存在がいるだけで、絶望的にメンヘラになってしまう。女って、なんかみんなそうなんでしょうか。少なくとも私はそう。
特に、このやりとりが印象的だった。

「青井とは本当に何もない、何ともないから」
「‥‥それが嫌、セックスでもしといてくれたほうがまだ良かったんだよ」

このプラトニックさが、最高に嫌。もう「そういう女」としての枠に入ってくれれば、私だってもっと寛容でいられるのに。相手への気遣いともとれる言葉って、最高に傷をえぐってきませんか?

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もう一つ紹介したいのは「克則さんって昔からそうなの」という一編のエピソード。主人公は、妻子ある男性を好きになってしまう。不倫が明らかになってしまい、関係を終わらせた後、その男性の奥さんとお茶をする。その奥さんは明らかに自分には持っていない品性と余裕があって、旦那の女遊びはいつものことと言って、主人公を責めることもなく、そのうえプレゼントまで用意している。「一枚上手」な奥さんだったけども、主人公は自分に会う一時間前に、集合場所である喫茶店の近くの美容室に入る奥さんを目撃する。

この描写から、やっぱりこういう時、女ってどこまでも女だなと感じた。自分の旦那と肉体関係を持った年下の女と会うときの、奥さんの女としてのプライド、見栄、余裕感。おしゃれなカフェで待ち合わせ、私なりの一番美しい身なりにして、プレゼントを渡す。そこに、女としての立場、そして心持ちの優劣を感じる。女を見定めるのって、男性でもなくやっぱり女で、それはきっといくつになっても変わらないのだと思う。

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アラサーともなると、結婚とか出産とか、自分の人生に大きく関わる出来事が待っていて、つい、そのライフイベントに照準を合わせてしまう。でもこの一冊を読み終えた後、自分の人生設計に「相手を当てはめる」という考え方が、自分の人生の幅を狭くしていると気づいた。別に何歳になろうと、いつ人を好きになっていいし、その人と一緒にいたいと思ったら結婚を考えればいいし、その人との子供がほしいと思えば、そこから先のことは考えればいい。どうなんでしょう、楽観的とかいう人もいるかもしれないけど、感情を矯正する必要なんてたぶんなくて。それがいちばんの、幸せへの近道なのかもしれない。

感情って生もので、女って多面体。だから恋愛って、上手く転がらないんでしょうね。

こんな方におすすめ!

いま、恋をしているひと、いま、恋を休んでいるひと。最近恋をはじめたひと、終わりにしたひと。
そんな、恋愛というひとつのイニシエーションを経てきたすべてのひとへおすすめする、かつてないほど生々しい254ページです。

ヒコロヒーさん初の小説集「黙って喋って」1月31日発売

ヒコロヒーさん初の小説集「黙って喋って」が1月31日に発売されます。「ヒコロジカルステーション」で連載中の小説を加筆し、さらに書き下ろしも。朝日新聞出版。1760円。