今の会社に新卒として入って、かれこれ2年近く経つ。とてもいい会社だ。先輩、同僚、後輩は皆、厳しさを優しさを持った素敵な方ばかり。仕事だって、熱心に相談に乗ってくれるから、納得感を持って取り組めている。
実は私は、大学4年の7月まで、この会社を志望していなかった。何なら、存在すら知らなかった。こう言ったら、あなたは驚くだろうか。
御社と両思いになりたくて、私は私を研究し尽くした
かつて私は、とある大手マスコミを志望していた。何となく応募した冬季インターンで、私は完全に心を射抜かれてしまったのだ。親切な社員さんたち。魅力的な仕事内容。その会社との出会いを、運命だと信じて疑わなかった。
運命の御社との関係を片思いで終わらせたくなくて、私は血眼になって就活した。中でも万難を排して取り組んだのが、自己分析だ。
学生時代に力を入れたこと。これまでの挫折。培われた経験や個性を生かして、どんな風に会社の役に立てるか。
自己分析用の質問集を片手に、底が見えないほど深く、深く、内省する日が続いた。ESの下書きはコピー用紙数十枚になり、面接対策の資料が入ったクリアファイルは、辞書みたいにパンパンになった。
これだけ自分を研究し尽くせば、自分の魅せ方だって分かる。大本命の相手にも、気に入ってもらえるはずだ。そう信じていた。
自分を出すことができなかった、運命の相手との面接
迎えた、運命の御社との最終面接。ここを通過すれば、めでたく両思いだ。決戦の開始を告げるゴングが、頭の中で高らかに鳴る。姿勢をただして面接室の分厚いドアを開けると、そこにはいかつい面立ちのオジサマ×9が、横並びに座って私のことを厳しい目で見据えていた。
少し威圧されながら、指示された席に座る。
「学生時代に力を入れたことは何ですか」
ああ、これまで何度も自分自身に問いかけた質問だ。そして、その答えだってしっかり用意してきた。
それなのに、肝心の言葉が出てこない。オジサマの発する、ズンと重たい空気に、完全に気圧された。つっかえながら、喋る私。表情を変えずに、黙って私を見つめる、オジサマ×9。
1週間するとお祈りメールが来た。その日は食べ物が喉を通らなかった。
不思議な面接―内容に関して一切突っ込まれなかった
私は一途なので、本命以外の企業を一切受けていなかった。つまり残機ゼロからの再スタートである。就活エージェントに相談すると、聞きなれない名前の会社を紹介された。金融系のメガベンチャーだった。
正直、金融業界も、ベンチャー気質も、自分に合っていると思えなかった。でも私は、残機ゼロの女。グチグチ言っている暇などない。促されるまま、一次面接に赴く。
待合室で待機していると、人事の方がやってきて、ひっくり返るとようなことを言った。
「今日はたまたま社長の予定が空いていたので、一次面接に参加してもらいます」
いや聞いていないよ?最初は人事の方だけって、案内資料に書いてあったよ???
頭を混乱させたまま面接室に入ると、そこにはきりりとした顔立ちの社長がいた。
開口一番「何か喋ってみて」と言われる。何かとはなんぞや、と思いつつ、志望理由を1分くらいで話す。私が喋り終わるのを待って、社長はこう言った。
「今後社会人として働くときには、もっと明瞭に喋るように気をつけると良い。今から同じ内容を、俺のアドバイスを意識して、もう一度喋ってもらえる?」
驚いた。内容に関しては一切突っ込まれず、そのときの私の話術に関するフィードバックだけで、面接が終わった。
結果は合格。
その後、複数回の面接を重ね、私は内定をもらった。人事部長から渡された内定通知書は、唯一無二の、両思いの証だ。
一番高い鮮度で、この瞬間を生きているのは、今の私だ
今私は、運命の相手と信じてやまなかった会社ではなく、当時は入社の想像すらしなかった企業で働いている。
これを不思議なご縁だね、で済ませるのは、何だかもったいない気がしてならない。
就活中の私は、頑張っていた。その頑張りの方向も、おそらく正しかった。
本番で力が出せなかったのは自分の力量不足だ。でも、人前で話すのが苦手だった気弱な女子大生が、面接対策のために涙ぐましいほどの努力をした。
一番高い鮮度で、この瞬間を生きているのは、今の私以外の何者でもないのだ。希望企業からお望みどおりの内定か出なかったとしても、自分の価値が損なわれることは、無い。断じてないのだ。
結果はまだ付いてきていない。でも、着実に根や葉を伸ばしている。そんな発展途上の自分であっても、認め、鼓舞してくれる人に囲まれていたほうがずっと良いんじゃないだろうか。
どうか、これを読んでくださっている皆様にも、その人となりを評価し、「仲間になろう」と招いてくれる、素敵な企業とのご縁がありますように。