妹が結婚した。
私が目標にしていた23歳の時に、私が躁鬱病で精神科に入院していた時に。
「相手の人、歯が溶けてて真っ黒なの……」と母は言っていたけど関係ない。
しょっぱい涙を吸い込んだ枕は濡れそぼり、心臓は今にも爆発寸前。
「お前の人生、こんなもんさ。周りにも、妹にも先を越されて、幸せになれないんだ」
ふと、誰かが嗤った。真っ暗闇の中で、誰なのかもわからない。高笑いにも似た嘲笑が、私の頭の中を占領した。
私だって、幸せになるはずだった
私だって、早く結婚する予定だったし、幸せになるはずだった。
相手はいた。同じ専門学校の2学年上の先輩。オーキャンで意気投合して2年後、私が専門2年、彼が社会人2年目の時に交際を始めた。
付き合ってからの1年間はうまくいっていたと思う。結婚の話だって出ていたし。
だけど、私が社会人になった途端に彼は豹変した。
「ちーちゃんとは結婚しようと思いません」
私に「結婚する」と言ったその口で、母に電話でそう告げていたというのだ。
『あの人はあんたに嘘を吐いている』
真剣な声で語る母の言葉が信じられず、私は彼に確認した。
彼は、「そんなことはない。ちーちゃんのお母さんが嘘をついているんだよ」と答えてくれたけど、その目には明らかに迷惑の色が滲んでいた。
結局私のことが煩わしくなったのだろう。付き合って2年と1ヶ月ちょっとのある日、彼の「もういい」の一言で、私達の交際は呆気なく終わってしまった。
何も上手くいかなくて、私って何のために生まれて来たんだろう
悪いことというのは、一度起こると連鎖して起こるものらしい。
医療従事者として働いていた私は、度重なるパワハラと立ち仕事によるアキレス腱を怪我して離職。
その後違う業種の会社に勤めたが、勤務してすぐに一人だけ責任重大の膨大な仕事量を押し付けられた。
婚活に行けば、自分より10歳以上も年上の男性に罵られる。知り合った男性に車で知らない場所に連れて行かれて置き去りにされる。
趣味の創作サークルでは、私が書いた長編小説を紙の本にするという話が出たのに、数週間後には主催者の「この話に出て来るヒーローの外見が気に入らない」の一言でなかったことにされた。しかもその後、主催者は私の悪口をところ構わず書き込んだ。
どこに行っても、誰と出会っても、何をしても上手くいかない。私って、何のために生まれて来たんだろう。
誰にも愛されずに、価値のない人生を送るために? 周りに嗤われ、貶され、誰かに「ああ自分はこいつよりマシだな」って思ってもらうために?
私の人生、何なんだ。私は一体、何なんだ?
私が不幸だって、惨めだって、私を嗤う声がする
自問自答を繰り返す度に、私は壊れていった。
家に帰って横になると体は動かなくなり、涙が止まらなくなった。
医師に躁鬱病と診断され、その日のうちに入院した。
そんな時に、「妹の結婚」の報告を聞かされたら、追い打ちなんてもんじゃない。
年の近い妹が、私より先に幸せになる。誰かに「この人と結婚したい」と選ばれる。
なのに私は、口約束でも結婚の約束していた人から捨てられ、仕事も趣味も上手くいかず、簡素な病室の枕に伏して涙を流している。
頭の中で誰かが嗤う。お前は不幸だって、惨めだって。お姉ちゃんなのに、妹に先越されてかわいそうにって。
だけど、よくよく耳を澄ませてみれば、その声に聞き覚えがあった。
だって、私を嗤っていたのは、紛れもなく自分自身だったのだ。
選ばれるばかりが、幸せと限った話でもないかもな
27歳になって半年が経つ。無事退院した私は、現在お菓子とボカロ曲をお供に高校生向けの恋愛小説を執筆し、ネットに投稿している。
我ながら中高生のような生活を送っていると思うし、未だに結婚どころか彼氏はいないので、「誰にも選ばれていない自分」に対して相当なコンプレックスを抱いている。
けれど、あの頃より私は少し大人になったと思うのだ。
誰かに選ばれ、愛されることは幸福だろう。しかし、好きなことに打ち込むこともまた幸福だ。それは誰かに選んでもらうものではない。自分が「これが好きだ。やりたい」と選ぶものだ。
そう考えたら、誰かに選ばれるばかりが幸せと限った話でもないかもな。と初めて思えた。
この先の未来がどうなっているのかなんてわからない。私には「ありふれた幸せ」が手に入らないかもしれない。でも、だからといって諦めない。大好きな創作を楽しみながら、未来に向かって前進していきたい。
「私だけの、最高に特別な幸せ」を見つけるために。