送辞(答辞)

私は保育園児で机の角で自慰することを覚えた。
それが性的な行動だとか知る由もなく、なんか気持ち良いし安心すると言って机に乗っかっていた。
そんな私を見て小学校教諭の母は血相を変えて叱った。
「そんなことしちゃダメ!」
我が家で絶対的な存在であった母がめちゃくちゃに怒ってるから、私は「見つかったらダメな行為なんだ」と隠れてするようになった。

快楽に弱いのは子供も大人も同じである。
でも何の知識も無くても、「エッチなこと」だと認識をしたらしい私は、保育園児にしてビッチとなる。
保育園でおままごとのお家に隠れて男子達にパンツを見せてあげていた。保育園児でも男子は女子のパンツが気になるらしい。
エロ本など皆見たこともないのにパンツ撮影会ごっこと称して、スカートをまくってポーズを取る私を男子達はエアカメラを構えて楽しそうに「パシャパシャ!」と効果音を口にしていた。

性欲って、自慰って、セックスって何だろう

そんな「保育園児で自慰覚えた」ヤバい女と思いきや、初セックスは18歳だった。
女子大に入って間近でレズビアンの存在を感じた為か、まさかの処女(私)が非処女(彼女)を攻めると言うこれまた不思議な体験だった。
異性との初セックスは19歳だった。
私がバイなのか、女子大マジックに踊らされたのかは謎だ。

先日マッチングアプリで出会った一つ歳下の男の子は23歳まで童貞だったからと、相手に好意を伝える「いいね」の数を承認欲求として増やそう、経験人数を増やそうと、ヤリチン化してこじらせていた。
私は彼がコンプレックスだと言う一重の目がセクシーで格好良いと思ったけど、彼はそんな私の言葉よりは「いいね」が10増える方が嬉しかったのだろう。

性欲って、自慰って、セックスって何だろう。
性欲がなくても安心する行為なのになんとなくエッチなものだと認識できて、依存症とまではいかなくても「したい」って思うし、承認欲求を満たすものでもある。
田舎から出てきた里芋の煮っ転がしから社会人デビューした私も、「なんか満たされたい」と出会い系でご新規様とお手合わせ、等も少々経験した。
凸凹をマッチング。
やらせて「あげる」、して「もらう」とは別に、「私の性癖はこれです」「僕はこれです」と性癖のマッチングをしてのお手合わせは爽やかにスポーツのような感覚だった。

「セフレとか絶対無理!するのは好きな人とだけ!」と言ってたのは果たして誰だったのだろうか。
女性はセックスしたら赤ちゃんに母乳を与える時に出る愛情ホルモン・オキシトシンが分泌される。と聞いたことがある。
だから「好き」になっちゃうらしい。
自分もセックスしたら好きになっちゃうだろうなと思っていたから、無理だと思っていた。
でも好きな人としかセックス出来ない人も、そうでない人も居るのだと、自分の変化で実感した。

キャバクラの体験入店に応募し、風俗の面接も応募した

現在私は大阪在住である。
かの有名な某人に会える機会!と、場所が東京だが滅多にないチャンスだ!と東京と新大阪を往復する交通費を離職中だがなんとか稼ごうと、キャバクラの体験入店に応募しまくった時期がある。
私の脚の医療用タイツが原因で「生足・ベージュの透けるストッキング以外不可」と軒並み断られた。いよいよ追い詰められた私は、自分でも驚く程迷いなく風俗の面接も応募した。

面接をしてくれた同い年の気の良い兄ちゃんは「オナクラって、やれるかやれないかのギリギリを攻めて楽しむ人の為だから、オプションありきで稼ぐもの。貴方の場合その医療用タイツが不利。パンツ見せてあげるとか生足触らせてあげるとか、まぁもっと過激な直接的なオプションほぼ付けれないし、皆が稼げるヘルスもタイツ常に履いてないとダメなら無理」とばっさり斬ってくれた。
風俗の体験入店すらネタにエッセイにしてやる勢いで面接に挑んだ私は、かがみすとであるのにも関わらず「脚の病気で女性性すら売れない私とは…」と思いつつも、正直ホッとした。

「エロいことするのが単純に好きな子もいるけどさ」
苦笑いしながらそう言う彼が、面接官をするまでの話を聞きたいと思った。

気持ちも意見もスタンスも全てグラデーションだ

先日、セックスワーカーについて上野先生の発言やかがみすとの反応、編集部の書き方へ批判の声をいただき、炎上問題が起こった。
私は炎上ばっちこい!と思った。
セックスワーカーの気持ちも人の数ほどあり、事情も人の数ほどあり、一括りには出来ない。
当然このエッセイで述べている私の感じ方や見解も、「私」個人のものである。
上野先生の「一枚岩ではない」というのは、人間が「女」と「男」だけでないように、ジェンダーのみならずマイノリティもマジョリティでさえ、気持ちも意見もスタンスも全てグラデーションだ、と解釈した。
だからこそ私は炎上ばっちこいと思ったのだ。
素人の、無名の私だからこそ書ける、とも思った。

あなたの声が聞きたい。
「違う!」と叫ぶあなたの声が聞きたい。
経験してないテーマではエッセイは薄っぺらくなる。
だからこそ、当事者の声を聞きたい。
茨の道だろう、日本の美徳に反するかもしれない、批判を浴びるかもしれない。

それでも文字で、声で、届けていくしか今は道がないのだ。
「常識を疑え」
若いあなた方に期待をしてしまう29歳を咎めても良い、私も30歳から、これからもずっと闘っていきます。

愛を込めて。かがみすと卒業生より。